子どもを安全に守ることに関する親の強迫観念

· 2019年6月4日
子どもの安全を躍起になって守ろうとする親は、子どもを守りたいだけなのだ、と主張するかもしれません。また、すべて子どものためである、とも言うでしょう。誰かがその考えに疑問を呈すると、自分の考えを擁護するための議論で応戦してきます。

親になると、子どもの安全を守ることは、最優先事項になります。それが不可能であるとわかっていても、多くの親は起こりえるすべての危険から子どもを守ろうとします。しかし、子どもを苦しみから遠ざけ、子どもが求めることを許さない行為は、強迫観念へと発展していきます。

よく起こりえることとしては、特に子どもが自立してきたときに、すべての脅威から子どもを守ることができないということに気づくことができなくなります。どんなに慎重でいても、親が子どもから離しておけない、遠ざけるべきではない苦しみは必ずあります。結局、成長するには様々な刺激が必要なのです。

「親は良い助言を与えたり、正しい道に置いてあげることは出来る。しかし、人の人格の最終的な形成は、その人自身の手に委ねられている。」

-アンネ・フランク-

しかし、親の中にはそのような事実を受け入れないという選択をする人もいます子どもの人生に関して、「絶対的な」地位を築くこともあります。そういった親は、自分がそばにいれば、悪いことは何も起こらない思っているのです。避けることが不可能な何千もの危険が存在しないかのようにふるまいます。それだけのために心血を注ぐ人すらいます。

だから、子どもを安全に保っておきたいという思いが強迫観念と化すのです。親は常に子供の監視をして、それによって子どもを消耗させます。さらに、このようなタイプの親は、すべてのこと、すべての人に対して、懐疑的になります。

子どもを守る 強迫観念

これに当てはまる親は、気づかないうちに制限ばかりするようになります。「だめ」という言葉が常に吐き出され、それは常に警告や脅しを伴います。「やっちゃだめよ。何か悪いことが起こるから。」

同じように、意図せずして、あるいは少なくとも無意識に、こういった親は激しく子どもの経験を制限してしまいます。「公園には行かないほうがいいわ。寒いし風でもひいたら困るから。」「外に長く居過ぎちゃだめよ。道端は危ないもので溢れているんだから。」

動物は病気を広めるもので、火に近づけばやけどをし、水に触れれば濡れてしまうというように、すべてのものや人を大きな危険に変えてしまいます。このような親は、これらを食い止める唯一のものが、自分たちの存在であると思い込んでいます。より深刻な場合は、子どもがそのような考えを信じてしまう場合です。

強迫観念とコントロール

子どもの安全を躍起になって守ろうとする親は、子どもを守りたいだけなのだ、と主張するかもしれません。また、すべて子どものためである、とも言うでしょう。誰かがその考えに疑問を呈すると、自分の考えを擁護するための議論で応戦してきます。

事実、多くの場合、この議論は他人への糾弾に変わっていってしまいます。あの人は子どもを一人にしたから、子どもが転んで指を骨折した。この人は子どもの世話をしない、だから育ちの悪さがわかる。など…

これらの親は、この行為を「保護」と呼びます。しかし、そのような聞こえの良いものではありません。正しい表現としては、「コントロール」でしょう。子どもの人生を管理して、異常に子どもを保護する、コントロール好きな親なのです。

こういった人は子どもの一歩一歩すべてを監視したいと思います。子どもが始めるどんなプロジェクトでも、直接的な影響を及ぼそうとします。さらに、「全能」の影のように、常にそばにいてあげたいと思っています。そのような姿勢は、子どもが大人になってからも続きます。

過保護 強迫観念
強迫観念

どんな親も、子どもを自分の所有物のように扱ってしまいたくなることがあります。しかし、このようなことが起こったからといって、彼らが悪い人間であるということではありません。子どもが成長して、責任感を持ち始めるところを見ることで、強い絆を生み出すことができます。しかし、誰もがそのような深い絆への準備ができているわけではありません。また、それに伴うリスクを受け入れる準備ができていない人もいるでしょう。

親の強迫観念の裏には、ある欲求があります。親は、子どもとの関係をより長く継続させたいのかもしれません。子どもは全てにおいて親が必要なわけではないということを、受け入れたくないのです。また、親を必要としない生活を送ることが、自然の流れであるということを受け入れられません。 強迫観念の裏側にあるのは、自分達の関係が変わらなくてはいけないこと、少しずつ子どもと離れていかなくてはいけないことを認める恐怖です。

これらの強迫観念的な親には、ネガティブな喪失を経験したことがあるという可能性はあり得ます。もしかして、まだそれを乗り越えることができていないのかもしれません。

こういった親は、子どもが自分を必要としなくなること、自分たちだけで世界を制覇しに行ってしまうことを、恐れています。そのため、親は子どもを怖がらせ、保護者が近くにいないとどれだけ怖いことが起こりえるかということを示します。

時に、極端な心配は、否定を隠しています。例えば、親が自分がそうすべきであると思うほどは、子どもを愛せていない場合です。無意識に、異常な保護をすることで、その感情を無視します。このような強迫的な保護には常に何か裏があり、きちんと調べる必要があります。