心から聞くことを学ぶ

· 2018年3月4日

私達は相手の言う事が聞こえてはいますが、しっかり聞いていなかったりします。自分が何に納得するかが大事なことなので、相手が言おうとしていることに必ずしも興味を持つわけではないという社会に私達はいます。聞くという姿勢は、生活において必ずしも実践されているものではありません。

ダニエル・ゴールマンによるいくつかの研究によると、職業的成功を収める人は、多くの場合そうでない人よりも反応的であり、多岐にわたって興味を持っている人であるといいます。親しくなり、聞くことができる能力を持った人は、状況や人事をより上手くコントロールできる力を備えています。

聞き上手な者は己の沈黙を把握し、目前にいる人の最も微妙な仕草でさえも把握する。なぜなら、話す行為は必需品であるが、聞く行為は芸術であり、皆が有しているわけではないからだ。

コミュニケーションは2人以上の人によるメッセージの発信のみによって成り立っているわけではありません。コミュニケーションをとることは、私達の性格や感情的知性、共感力にもよります。これについて深く考察してみましょう。

人込み

聞く力を制限する「こころの雑音」

私達は喋りすぎることはあっても、しっかり聞いていることはなかったりします。経済学者でありアナウンサーであるオットー・シャーマーによると、直接心から届けるような会話をするべきだといいます。それが、聞く人が感情的見識の最も深いところに到達し、より反応的になれる方法なのです。

自然が私達に耳を与えたとするならば、それは聞こえるようになるためではなく、しっかりと聞くことを学べるようにもなるためなのです。今、もし私達の日々の生活でそれができないのであれば、もしくはそれが十分に効率よくできていないのであれば、それは次のような「こころの雑音」の介入のせいです。

  • 「自動操縦」がオンになった状態で聞いており、自分が既に知っているはずの物事について他人から言い聞かされたくないという癖を身に付けた状態で聞いてしまっています。
  • 自分自身に集中してしまっており、「でも、もう既にそのことは知っているし・・・」ということに集中してしまっています。
  • 私達は自分の聞く力を自分の信条を選択的に認める物事に制限してしまうことがよくあります。

もし人間関係の基本原則がお互いにつながる許容範囲であるとすれば、個性や「私」という語の周りに垣根を作る個人主義といったものはひとまず脇に置いて、適度な突破口を自分の環境に許すべきでしょう。そのためにはどうすればいいか説明しましょう。

立ち話する3人の女性

心から聞く時、それは芸術である

コミュニケーションモデルの著名な専門家であるウィルバー・シュラムは、対話を成立させる時、重要な事はメッセージそのものではなく、パートナーの感情の状態であると説明しています。それは「自分が感じていることを言うけれど、それが聞いていることに基づいているとは限らない」といったようなことにまとめられるでしょう。

頭脳は常に私達に話しかけています。過去や満たされなかった欲求、恐怖、自分を制限するような態度、厳格な信条、心配や感情といった囁きを結び付けてきたりします。目の前にいる人とつながるのに、こうしたことを払拭する事がほぼ不可能なことがあったりします。

あなたの頭脳がその雑音と共に常にあなたを捕えてしまっていたら、あなたの聞く力はどうなると思いますか?

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頭脳を消音にして「減速」させよう

「ゆっくり」とした動きは洒落ているものです。それは実は意識するべき考え方です。なぜなら、私達は自身に素早く動いてもらう必要があるからです。

自分の身の周りに対して主導権を握るために、減速することを考えてみて下さい。そして、頭を空っぽにして、今という瞬間にもっとしっかり感謝して下さい。日々、外の雑音(電話、交通、テレビ)から離れ、自分の内にある雑音に対処し、掃除をしましょう。

直観を養う

直観は聞く力とどう関係があるのでしょうか?直観的であるということは、聞く前に物事を前提として考えない能力を持つということです。それは、偏見や既にある確信などなしに、開かれた心と澄んだ頭脳をもって注意を払うべき時を知ることです。

時には、「あなたを理解していますよ」ということを表現するために、笑顔と誠実な眼差しをもって話している人をただ見るだけでも十分だったりします。他人の感情を感じ取ることは、共感力を会話に適用させることです。それは親しさと理解を差し伸べているということなのです。感じ方を知るということは、言う必要があることを適切な時に全て言う能力を持つということであり、「言うべきだった、イエスかノーか言うべきだった、もう一度試してみるべきだったって言うべきだった…」といったことでつまづいた状態にならないことです。

他の視点を察知し、感じ学べる自分になろう

私達は喋り過ぎてしまい、実際には相手の意見や経験談が興味のあるもので自分を豊かにしてくれるものであるところを、そうした身の周りの人の話に然るべき形でしっかり耳を傾けないことがあります。

私達は友人に直接会って何を話すか聞くのではなく、ソーシャルネットワークに何を公開するのかにもっと興味を持つような社会に暮らしています。自分の周りのあらゆる事に反応的でありましょう。視野を広げ、もっと自由でもっと好奇心旺盛な自分になりましょう。時に単純な会話が、人間としての本当の変化という貴重な体験に導いてくれることもあるのです。そうしたことをあえて経験する覚悟をしましょう。

聞くこととは、障壁なく、共感的に、自由に相手を自分の一部のように感じることであり、相手の存在を率直に受け止めることである・・・

愛を共感する二人