「荒野のおおかみ」自分を見つめ直すきっかけをくれる本

· 2019年3月26日

ヘルマン・ヘッセは、20世紀を代表する作家の一人です。代表作は、「シッダールダ」「デミアン」、そして有名な「荒野のおおかみ」です。ヘッセは小説以外にも数多くの随筆や詩集を出しています。

ヘッセの作品には彼自身の経験や性格が活かされており、例えば彼はドイツのロマン派作家、ゲーテやニーチェの作品に傾倒していました。また、モーツァルトやインド・中国哲学もヘッセに大きな影響を与えたと言われています。ヘッセは幅広い文化や思想にインスピレーションを受けることで、彼自身の人間性も深めていきました。

「荒野のおおかみ」は最もよく知られているヘッセの作品の一つで、20世紀を生きた多くの若者に親しまれました。短編ですが、非常に深みのある小説です。物語の中で、作者は様々な要素を彼自身の考えや思いと共に表現しています。例えば、「メタフィクション」と呼ばれるテクニックは、ヘッセとは別の「その小説を書いた人物」が作品に現れます。これはセルバンデスの「ドン・キホーテ」にも使われている技法です。

「真の人間は、何も持たない。時間や金は平凡で上辺だけの人間が持つものである。」

―「荒野のおおかみ」より

ヘルマン・ヘッセ

「荒野のおおかみ」に現れる自叙伝

「荒野のおおかみ」の登場人物とヘッセ本人の間には、多くの共通点を見つけることができます。主人公のハリー・ハラーが滞在中に記したノートを大家さんが発見し、彼の甥がその内容を紹介するのですが、その内容もヘッセ自身の思想を大きく反映しています。

この作品は一人称の視点で描かれており、3つに分かれています。その第1部は、「狂人に向けたハリー・ハラーの手記」です。ここでは、「荒野のおおかみ」と名乗る人物が彼の夢や妄想、思想、批判などを語ります。第2部は「荒野のおおかみに関する論文」と呼ばれ、哲学・心理学的な分析を通じて読者がハリーの世界観や性格を理解できるようになっています。そして、第3部では再び「狂人に向けたハリー・ハラーの手記」に戻ってくるという構成です。

従って、この小説はハリーの思想と感情が詰め込まれた作品であると言えるでしょう。ハリーは社会に溶け込めない孤独な男性として描かれていますハリーというキャラクターを通じて、読者は自分を見つめ直し、現代社会での生きる意味を見つけることができるのです。今の社会は知能が並外れて高い人間や少し変わった人たちが受け入れられにくいという現状があります。「荒野のおおかみ」は、このような背景から10代の若者にも広く受け入れられており、青年期は社会における「自分探し」を始める時期であることもよくわかります。

入口

本作は、小説でありながら自叙伝的な性質があると言われています。同じ年代の富裕層を批判し、限られた世代をターゲットにした作品であるとも言えるでしょう。また、この本では主人公の非常に深い部分を描くことで、彼の性格や心の内側を表現しています。

この作品では、主人公の孤独感に始まり、様々な人々の生き方を垣間見ることができます例えば、強烈な経験を通してしか幸せを感じることができない闇の世界では、常識もルールも関係ありません。そこに属する登場人物たちは薬物や音楽、セックスに身を捧げることで生きているのです。

本作が自叙伝的であると言われる根拠には、以下のようなものが挙げられます。

  • イニシャル:「荒野のおおかみ」の主人公ハリー・ハラーのイニシャルはヘルマン・ヘッセと同じである。
  • 時代の転換期:著者も主人公と同じように、時代の変化に戸惑い、周囲から誤解を受け孤立した人物だった。
  • 自殺願望:「仲間外れ」の感覚は20世紀を生きる知性人たちに共通しており、著者が生前葛藤していた自殺願望も本作に反映されている。
  • 女性関係:離婚の経験はヘッセに大きな影響を与えており、本作でもハリーが猟奇的な妻によって家庭環境が崩壊され「おおかみ」になる過程が描かれている。
  • ヘルミーネ:本作で重要な役割を果たしている女性の名前「ヘルミーネ」は、ヘルマンの女性形であり、著者の分身のような存在である。

このような描写を通して、著者は典型的な「はみ出し者」を表現しようとしたと考えられます。このようなテクニックは文学では比較的ポピュラーで、本作においてはニヒリズムを拗らせた主人公の教養の豊かさや、悲観的な思想を上手に表しています。ハリー・ハラーは、自分が属していない世界に生きる「優秀」な人物です。知的で世間から孤立している彼は、常に生きるか死ぬかの瀬戸際に生きています。自分を理解しようと苦しむ彼は、まさに20世紀のハムレットであると言えるでしょう。

「誰とも目標や喜びを共有できない自分に、社会からあぶれた一匹狼以外の生き方があると言うのだろうか?」

―「荒野のおおかみ」より

心理学的観点から見た荒野のおおかみ

「荒野のおおかみ」はメニッポス的風刺という手法を使っています。メニッポス的風刺とは、深刻な内容をあえて嘲るような表現方法を指し、ヘッセはこれを物語の終盤で使うのを好みます。主人公の苦しみで書き始め、皮肉な笑いを追求する内容で物語を進めるのです。

ハリー・ハラーは教養がありながら、同時に周囲から誤解されている人物です。人間としての外見を持つ自分の内側にあたかも狼がいるように感じています彼は人生に興味を失った消極的な人間で、何に対しても幸せを感じることができません。自分が住んでいる世界やそこに属している人々を見下し、人生を無意味に感じていました。しかし、ひょんなことから「マジック・シアター」と呼ばれる場所に訪れたことで、少しずつ変わり始めます。

このマジック・シアターは、「不思議の国のアリス」でいうところのうさぎのような存在です。というのも、主人公は始めは大した興味を示しませんが、次第に惹きつけられていくからです。アリスは自分の住む世界とは異なる場所で様々な課題に直面します。アリスにとって不思議の国は常識が通じず、自分がもはや何者なのかわからなくなってしまう場所でした。同じように、荒野のおおかみでも主人公は未知の世界で違う自分に出会うのです。

チェス

舞台を鑑賞した後、ハリーはシアターという名のうさぎの穴に落ちていきます。そして、自分の複雑な内面と葛藤する、新しい世界での冒険が始まります。歴史的な著名人や奇妙な出来事を通して、「狼男」として苦しみを笑いに変えていく術を身につけていくのです。

まるでチェスのゲームでいくつもの駒を操るように、自分がいくつもの「私」が組み合わさったものであるということにハリーは気づきます。彼はただの人間でもただの狼でもなく、様々な人格が複合的に合わさったものなのです。

結果として、この作品は主人公が自分探しをするいわば仮面舞踏会のような世界観を表していると言えます。内省的な物語を通して、知的な人物の内側に眠る闇の部分を映し出しているのです。

「統合失調症–全ての芸術とファンタジーへの入り口。知性を極めた者でさえ、その片鱗を感じることはあるだろう。例えば『少年の魔法の角笛』では、学べる者たちの苦しみが、狂った天才や芸術家たちを通して永遠の存在になりゆく様子が描かれる。」

―「荒野のおおかみ」より