なぜ、こんなにも多くの人がうわさ話をするのか?

· 2019年5月11日

うわさ話をするのは、小さな街に住み、庭でうわさ話をする典型的な専業主婦だけではありません。今日では、噂話と言うのは昔とは違っています。私たちの日々の生活に入り込んでいます。なぜ、こんなにも多くの人がうわさ話をするのでしょうか?人気の理由は何でしょう?

 

言葉と不確かなこと

人間の言語が生まれた時、うわさ話も始まったという人がいます。今日の大きな現代社会の成長において、うわさ話は役に立ったという人もいます。他者について話すことは、有益なものでした。社会ステータスやグループの中でのその人の役割について話し、社会的規範を構成しました。例えば、これらの話は、適切なものを見つけ、誰かを助けるという目的を果たすこともありました。

うわさ話をする二人

深い所では、うわさ話をする根本的、基本的、心理的理由として、不確かなことをなくしたいというニーズがあります。十分な情報がないと考える時、あまり気分は優れません。そこで、認知的バランスを整えようとします。

どのようにするのでしょうか?うわさ話を通して、足りない情報を得るのです。ここでのモチベーションは、人に関する情報を得ることです。そして、実際には、目的が手段を正当化します。どんなものでもよいのです。

 

うわさ話とはどのようなものか?うわさ話をする人は、自分をどうみるか?

うわさ話の標的になった時、あなたは考え始めます。「暇だからうわさ話をするの?自分ことで心配することはないの?なぜ、私を傷つけたいの?」大まかに言うと、うわさ話をする人は、大抵、あまり内省的ではありません。彼らの会話は、ほとんど、外的なものが話題になります。実際、人を取り囲む環境は、その人の内面の反映であることがよくあります。後者が豊かであれば豊かであるほど、前者も豊かです。

人に関して悪く言う時、私達は自分に関して悪く言っている。

うわさ話をする人にも、皆と同じように自分の生活があります。ところが、彼らは、自分の問題に関して考えなくて良いよう、人の問題について考え、自分の問題から逃げる方を好みます。これは、彼らの防衛機能です。

彼らは、自分を知るために費やすことのできる時間を無駄にしているということを分かっていません。うわさ話でもっとも興味深いのは、彼らがうわさ話が好きだと言うことを認めることがほとんどないということです。気づいていないことがよくあります。

 

うわさ話は有用?いい?害がある?

一般的規則として、人はうわさ話の概念を、不必要であまり関連のない情報と結び付けます。そして時に、まさにその通りなことがあるのです。事実上自分の人生に影響のない有名人に関する噂を考えてみてください。

ところが、個人の観点から見て、うわさ話が有用なこともあります。たくさん疑うことにより、有効な情報を手にし、新たな機会を広げることがあります。ところが、このような行動は、ご都合主義と分類されることもあります。何より、あなたの評判を傷つける可能性があります。

心理学では、節度がもっとも良い方法だと考えられています。あなたが大切にする人に興味を示すのは良いことです。ただ、好奇心をもつことは、彼らの人生に入り込んだり、彼らについて人に話すこととは違います。そうではなく、質問すること、聴くことを知っているということです。また、尊敬の念を示すということです。

もし、あなたが、誰かに嫌がらせを続けたり、干渉したり、人の生活(や家庭)に入り込んでいけば、彼らはあなたの過剰な興味にポジティブな反応を示さないでしょう

話す二人

 

誰かにうわさ話をされた時どうするか?

もし、あなたの友達がうわさ話好きであれば、まず、観察しましょう。次に、自分に2つの質問をしましょう。なぜ、この人は私にこれを伝えているの?何が目的で、これを私に言うの?それが適切だと考えるのであれば、直接本人に聞いても良いでしょう。その答えにより、その言葉を真剣に捉えるべき、もしくは捉えることができるかというヒントが得られます。

通常、うわさ話があなたに関するものでなければ、あまり気にしないでしょう。しかし、次は、あなたの番かもしれないということを忘れてはいけません。人を傷つけないためには、それを誰にも広げないのが一番でしょう。そうすると、うわさ話はあなたで止まります。

一方、誰かが疑い、あなたを攻撃するのであれば、話したくない、または、不快だと伝えるのが一番です。このような人から逃れるためにどんな言い訳をしてもかまいません。あなたの自由やプライバシーが侵されている時は、自分を守りましょう

 

他者に関し多くの情報をもっていることは、その人は信頼できる人であることを意味する?

絶対に違います。信頼は、慎みや理解により得られるものです。他者に関してもっている情報には左右されません。その人が、誰かの秘密をあなたに打ち明けたのであれば、あなたの秘密に関し、その人を信用できますか?人の秘密を守れない人が、あなたの秘密を守るでしょうか?

また、秘密をばらすだけでなく、話を脚色する傾向があります。そして、このウソや半分の真実が話をより面白くします。

誰しも、人の生活に関する情報提供者になったことがあるでしょう。問題は、それを継続的に、いやおうなしに、恥じることなく、また、人を敬うことなく行うことです。内側を見て、お節介は止めましょう。