恋愛へのコミットメントは自由を奪う?

2019年9月7日
少なくとも恋愛において、多くの人々はコミットメントと自由が相反する排他的な2つの概念であると考えています。それにもかかわらず、誰もコミットメントを望んでいないように見えるこの世界には、いくつかの矛盾があります。

近頃では、恋愛においてコミットメントを避ける人が多くなっています。しかし、それはコミットする方法を知らないだけであり、自分の自由を捧げる価値がないと信じているだけなのです。

過去には結婚制度が恩恵を受けられなくなる時期がありました。1970年代、結婚は古臭いものとなり、離婚率が急上昇しました。これは女性解放運動と同時に起こったものでした。

その後、「自由恋愛」に対する傾向が著しくなりました。人々は、コミットメントとそれの形式化が自由を奪ってしまうと考えたのです。上手くいかないことがあったらすぐに止められるように、誰もが自らのドアを開けっ放しにしたがったのです。

「妥協しなければなりません、そして、一度それをやることによって、人生はあなたにいくつかの答えを与えてくれるでしょう」

-レス・マロン-

そして、この傾向はその後の数十年間でさらに強まりました。人々は結婚を軽視するだけではなく、一般的な恋愛関係も自由を奪うものだとみなすようになりました。求愛は一般的ではなくなったのです。そして違う種類の関係性が現れます。例えば、「セックスフレンド」や不特定多数との性行為などです。

それでも、求愛行為や結婚は今でも完璧になくなったとは言えません。これらを実行可能な選択として捉え続けている、より保守的な考え方もわずかに存在しています。

恋愛へのコミットメントは自由を奪う?

恋愛へのコミットメントと自由

すべての感情的なコミットメントが、その人の自由を奪ってしまうという考え方が広まっています。この考えは基本的には正しいですが、それを関連付けて道筋を通す必要があります。パートナーにコミットし鎖に継がれるまで、人はみな自由であるように思えます。しかし、それが正しくないことも人はみな知っています。

社会の中に生きているという単純な事実が、人から特定の自由を奪います。人は頭に思い浮かんだことをなんでも出来るわけではありません。なぜなら、それにより社会的絆や社会的期待を打ち壊してしまうからです。もし、近所にある車を気に入ったとしても、それに飛び乗り運転し始めることはできません。人はみな、自らの額に汗を流して(もしくはそれをしてくれる人に依存することで)、生計を立てなくはいけません。

感情面では、物事はそれほど変わっていません。愛の絆や、憎しみは多少人を制限します。このように考えてみてください。例えば、あなたには自分の同僚や上司から尊敬される義務があります。そのため、多くの場合無視や侮蔑されることに耐えて、それをされることを諦めなくてはいけません。このように、自由とは義務の欠如ではないのです。人はみな、そのような制限を耐えているのに関わらず、行動するということを暗示しているのです。

時に人は、自分の思ったことを全てやる野生動物であることを強く望んでいます。自分の自由を制限する文化に抵抗し反抗しているのです。他人から求めらえることや要求には、逃げ出したいような複雑な状況があるのです。

恋愛へのコミットメントは自由を奪う?

恋愛におけるコミットメント

他の文脈の中では普通に見えることでも、恋愛の文脈においては我慢できないことに見えることもあります。よくロマンチックな関係が作り出す制約は持続不可能なものとして考えられています。人は要求されることを望んでおらず、自分のしていることを説明したくもないのです。共に過ごしている人に対する嫉妬や制約に向き合うということは魅力的ではないと考えているのです。

恋人という文脈において自由を考えるとき、人々は通常、1人以上のパートナーと同時に付き合う自由のことを想像します。さらに、他の誰かの感情に責任を持つことを避けたいと思ってもいます。大切な人の感情的必要性を気遣うことは、多くの人々にとって、背負いたくない重荷なのです。

少なくとも恋愛において、多くの人々はコミットメントと自由が相反する排他的な2つの概念であると考えています。それにもかかわらず、誰もコミットメントを望んでいないように見えるこの世界には、いくつかの矛盾があります。

いくつかのデーターをもとに、これらの矛盾について考えることができます。「どうやったら大切な人が見つかるか?」ということに関係した質問が、世界全土のグーグル検索で人々が最も多く調べていることなのです。

もしかしたら、愛が求められるコミットメントを必要としない自由な恋愛を人々は探しているのかもしれません。もしくは、関係性に付加される暗黙的な義務を必要としない交際を望んでいるのかもしれません。

コミットメント 恋愛 自由

孤独もまた、かなり強い制約を生み出しています。自分や自分が求めるもののための奴隷になることさえありえます。このような状況は、10代の若者の恋愛のように人生を過ごしてたいと思っている人がいることを示唆しているのかもしれません。楽しさやセックスを求める一方、コミットメントは必要としていないのです。さらに、愛を過度に恐れている人になってしまう可能性もあります。人はパートナーに捨てられる前にパートナーを捨てており、それゆえ、どのようなコミットメントにも対抗しているのです。

参考文献:

  • Gonzaga, G. C., Keltner, D., Londahl, E. A., & Smith, M. D. (2001). Love and the commitment problem in romantic relations and friendship. Journal of Personality and Social Psychology. https://doi.org/10.1037/0022-3514.81.2.247

Gonzaga, G. C., Keltner, D., Londahl, E. A., & Smith, M. D. (2001). Love and the commitment problem in romantic relations and friendship. Journal of Personality and Social Psychology. https://doi.org/10.1037/0022-3514.81.2.247