侍の生き方:武士道の7つの教え

· 2018年7月17日

日本の歴史には、何千年ものルーツがあります。その長い歴史の中で、戦いの中の美徳に重きを置いてきました。日本の侍は他の国と異なり、栄誉を得るためには美徳に満ちていなければならなかったのです。武士道という言葉はそれを正確に表しています。

武士道は侍の名誉について多くを語ります。そこには一連の原則がありますが、その中でも私達が学ぶべき7つの価値観が存在します。これは初級武士達が非常に若い頃から教えられていたものでもあります。

「誰もが過酷な戦いに挑んで死ぬことは出来る。これは普通の刺客にとっては簡単なことだが、侍にとっては真の決定権を持つのは公平さであり、本当の美徳は生きなければいけない時に生きること、そして死ななければならない時に死ぬことを知ることだ。」

-徳川慶喜-

また、武士道は侍の掟としても知られていました。そこには仏教、儒教、そしてその他の東洋哲学の原則も含まれていました。これは未だに私達の生活にとって貴重な教えと言えるでしょう。今回はその7つの美徳と教訓を紹介したいと思います。

1.勇気:自由の為に必要な美徳

武士道によると、私達は勇気があるときだけ自由になることが出来ます。勇気は恐怖に縛られず、完全に生きることを促すのです。何かの行動を決断するには勇敢でなくてはなりませんし、さらに大きな決断であればなおさらです。

侍

また、勇気は恐怖に盲目になることではありません。本当に勇敢になるためには、知性と強さも必要です。恐怖は存在しますが、それに取り乱さずに注意と尊厳を持つのです。それこそが真の勇気がやってくる時です。

2.不作法にならない

武士道では、作法は親切さや礼儀を表しているだけではありません。これは他人に対する尊敬と非常に強い繋がりを持つ美徳です。それは相手が敵であったとしても同じです。

状況に関係なく、作法は相手に対する尊敬と善意です。それはつまり、決して残酷になったり、自分の力や強さを見せつけないことを意味します。性格や内なる強さを見せる美徳なのです。

3.いつも思いやりを持つ

武士道では、人のために自分の持つ力や強さを使うべきだとされています。また、そこには連帯に大きな価値を置いています。この考えは武士道の強さの一部としても含まれている特徴の一つです。

同情はただの感情ではなく、具体的な行動に繋がるべきです。誰かを助けることが出来る時はいつでも助けるべきなのです。そして、もしあなたに助ける力がなければ、挑戦し続けて自分なりの方法を見つけるのです。

4.正義を優先する

武士道は正義にグレーゾーンは無いと説明しています。これは、何が適切であるかを定義して、そうでないものを区別するというシンプルな考えから成り立っており、適切であれば賞賛を受けて、不適切であれば罰を受けるのです。

この教えは私達に常に正しく行動するよう促してくれます。そして、他の人の言う事に依存してはならないということでもあるのです。誰もが自分の心の中で何が正当であり、何が正当でないかを知っているでしょう。ですので、私達は自分の中にあるその光に従うべきなのです。

侍と夕陽

5.忠誠は強さと高貴な魂

誰かの発言や行動はその人の一部です。ですので、結果も彼らの一部と言えるのです。私達はいつも自分の発言と行動に責任感を持たなければいけません。

忠誠は自分自身に忠誠的であることを意味し、一貫性を持つ能力でもあります。その意味で言うと、これは自分の発言に対する約束でもあります。そして、忠誠は最も強く高貴な魂にしかついてこない気持ちなのです。

6.言葉と誠実さ

侍の言葉は彼らにとって多くを意味します。彼らは喋るために発言しません。その為、武士道では発言は行動と全く同じほどの意味を持つと捉えられていたのです。あなたが何かを言った時は、あなたが行動をした時と言えます。

この哲学は約束という価値観を除外します。なぜなら必要がないからです。侍にとって約束をしなくても何かを発言することで十分と捉えられており、それ自体が約束だったのです。これは自分自身と他人に対して完全に誠実でないと実現出来ません。

7.名誉は人間を向上させる

武士道によると、最大の美徳は名誉です。名誉あることとは、どのような状況でも誠実に行動することを意味し、他人が承認ではなく自分のしなければならないことを全うする価値観にこだわります。

戦国武将

そして、名誉と自分自身を尊重することは切り離せない関係にあります。これは、自分自身が非倫理的、または不名誉な行為をしないようにすることを意味します。名誉がそれ程までに大切にされることから、一度失ってしまうと、取り戻す唯一の方法は自分の命を絶つことなのです。

武士道の最も興味深い部分は、今回紹介したような教えが古い倫理観であるにもかかわらず、その価値観が今でも通用することです。もし私達が侍の価値観を全ての争いや出来事に応用することが出来れば、今この世界は違っていたでしょう。