親密になることはただ服を脱ぎ捨てることではない

2017年11月13日 in 感情 0 シェア済み
花の中で抱き合うカップル

よく知らない人とセックスをした後で、おかしな気持ちで目を覚ましました。あなたはその行為をすごく楽しみました。しかし、何かが欠けていました。自分に満足するどころか、どこか奇妙な空虚感を感じました。こうした瞬間ほど親密な関係が恋しくなることはありません。

こうしたことは大抵、あなたが愛着を求めていて、愛される必要があって、それでいて2人の裸の体こそが親密な関係の唯一の形だと思い込んで、それをセックスを通じて成そうとているからです。

というは誇張ですが、おそらくあなたは、親密な関係を築くために必要な時間や努力、そして裏切られてしまった時に払わなければいけない代償のせいで、他のあらゆる形の親密な関係という希望を捨ててしまったのでしょう。

「失恋に立ち向かうための秘訣は知らないけれど、それが愛することを止めることだとは思わない。」

―エンリケ・ヘルナンデス・レイナ

愛のないセックスというものが存在する

私達はセックスと愛についてよく語りますが、頻繁にこの2つを取り間違えてしまっていたりします。相手と恋に落ちる必要なく、気持ちのいい性的体験をすることは可能です。心理学者のシルビア・オルメドは、性的欲求は愛情やその他の感情なくして存在することができると言っています。

しかし、全ての欲求や感情、親密な関係をもってして訪れる頻繁な性的関係は恋愛関係の土台ともなり得ます。多数の性的関係という出会いの後で二人の間につながりを築くことは異常なことではありません。

親密な関係とは情熱的な一夜以上のもの

英語で親密な関係を意味する「intimacy」という単語はラテン語で「最も内部の、胸深くに秘めた」を意味する「intimus」から来ています。つまり、それはあなたが普段他人に見せない物事を指しているのです。私達は恐怖や夢、希望、そして恥を固く自分の内にしまっています。なぜなら、そうした感情を間違った人を信用して打ち明けてしまった場合、自分がひどく傷ついてしまうからです

木の下のカップル

誰かと親密な関係になることは、あなたの内なる世界を見せ、相手の内なる世界を知るということです。それは相手を理解するということでもあり、時を経て相手のことをもっと学ぶということであり、相手という人間に興味を持つことであり、またそんな相手を誘惑することでもあります。親密な関係は、散歩をしたり、カフェで話をしたり、一緒に夕食を作ったり、旅行をしたり、お互いについてもっと知り合う中で築かれていきます。

セックスもまた親密な関係が具現化されたものですが、それが唯一の方法ではありません。親密な関係とは、一般的に、あなたが心地よく安全だと感じる状況、自分らしくいられて恐れることのない空間を言うのです。

「人々の間にある親密な関係は放縦であり、我慢であり、個人差の縮小である。」

―テオドール・アドルノ

立ち止まって考えてみれば、私達は誰かと出会う時、相手について全く何も知りません。そして、相手と時間を過ごしていくうちに、相手について多くのことが思っていたこととは違うということに気づきます。相手は別の人間で、しばしば、思っていたよりもずっといい人だったりします。そして、自分もまた、その人に心を開いたがために、違う人間のように感じたりします。

親密な関係は、言葉などいらない時、見るだけで相手が何を考えているかが分かる時、時を忘れて時間が過ぎるままにしている時、愛情を見せるたびに時がゆっくりと過ぎていくように思う時に、手に入るものなのです。

親密な関係を怖れていますか?

現代社会では、全てが急ぎすぎであり、誰かと出会った途端、過去の社会的不名誉などなく相手との性的関係を持つ可能性を考えたりします。または相手に自分の秘密を知られたり、拒絶されたりするのが怖いと思うかもしれません。そして、精神的に親密な関係になることをほのめかすようなサインが出たらすぐに逃げ出してしまいます。

親密な関係は、あなたが相手に自分の欠点を見せることを怖れなくなり、また相手も自分の欠点を見せることを恐れない時に手に入るものです。そして、それは時間と忍耐が必要なものです。親密な関係といっても、肌の下にあるものも見せなければ、ただ服を脱ぐだけでは十分ではないのです。このお互いを知るプロセスは何カ月、または何年とかかります。

裸で抱き合うカップル

2人の間に親密な関係がある時、セックスはより良い物になります。なぜなら、それは欲求、愛着、そして愛を真に表すものとなるからです。しかし、親密な関係は寝室にだけ宿るのではありません。それは、日々の習慣から2人で分かち合う視線、お互いに捧げ合う愛撫まで2人の関係のあらゆるところに存在するのです。

同じことが友人との関係にも言えます。自分の興味と似た興味を持つ人に出会うと、特定のつながりを感じ、2人でもっと共有したり、話したり、相手について学び始めたりします。そして時間をかけて、深い真実の友情が築かれるのです。

親密な関係になることへの恐怖を乗り越えるためには、自分の魂を誰かと共有することにはある程度のリスクが伴うということを認識しなければいけません。しかし、こうしたリスクを冒すことは、生き、自分自身を知り、自分の人生を楽しむためには必要なことなのです。

「親密な関係とは相手の魂に触れられると感じるほどに深く相手とつながる行為のことである。」
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