心理的恐喝と、子どもたちが受ける弊害

2020年6月29日
子どもへの心理的恐喝は、子どもの行動を制限するためのマインドコントロールの一形態ですが、思わず使用してしまう人が少なくありません。また、親たちを「手本」として脅迫行為を子どもたちが学んでしまう場合もあります。

残念なことに、多くの親たちが育児の際に心理的恐喝という手段を用います。親たちは罪悪感や恐怖、怯え、脅迫や、さらには我慢強さや愛情まで、あらゆるものを使って子どもたちに言うことを聞かせようとします。しかし、実は多くの親たちがこのような育児の仕方が子どもたちに弊害を与えかねないことを理解できていません。この疑わしい子育て法が子どもたちとの関係性を傷つけるかもしれないことに気づいていないのです。

子どもへの心理的恐喝は、子どもの行動を制限するためのマインドコントロールの一形態ですが、思わず使用してしまう人が少なくありません。また、親たちを「手本」として脅迫行為を子どもたちが学んでしまう場合もあります。もちろん普通は意識的にこのような手法を使うわけではありませんが、その効果の高さを目の当たりにすると、この育児法を続けて行こうと思ってしまう場合が多いのです。

ネット上には、家庭内での心理的恐喝について語った記事が山ほど存在しています。親が子に対して行うだけでなく、子が親に対して、かんしゃくや脅しを利用して欲しいものを手に入れようと恐喝行為を行う場合もあります。実は、子どもはこのような行為を家庭内で学習してしまうのです。親から「良い成績を取らないと、あなたのことはもう愛さないよ」、「いたずらをしたら、サンタクロースからプレゼントをもらえないよ」、「部屋を片付けないと、もうオモチャをあげないよ」というようなことを言われた時に、子どもはこの手法を学んでしまいます。

“他人に自分が望んでいることをしてもらう確実な方法は、二つしかない。鉄のグローブを手にはめてそれを相手に押し付けて強制するか、もしくは神様がそうして欲しいと願っているのだ、と伝えるかだ”

-レイモンド・クーリー-

なぜ私たちは恐喝という手段に頼ってしまうのか?

私たちが恐喝という手段に頼る理由は、失ってしまった支配力を取り戻すための、あるいは抗議されることなく子どもたちに従ってもらうための別の方法がわからないためです支配力と教育とは同義ではありません。子どもたちにすべきことやその方法などを伝えた後、すぐにその言いつけを聞いてくれない場合に脅しの言葉を投げかけるようでは、子供の意思決定能力は最小限にまで減少してしまいます。これが将来的に過度に親に依存した状態か、もしくは非常に反抗的な状態を作り出す土壌となってしまうのです。

心理的恐喝 子どもたち 弊害

親としての不安を解消するために子どもに心理的恐喝を行うのは、不安感への対策として最悪ですし、我が子の質問から自分自身を「守る」方法としても最悪です。また、これは親の忍耐力が足りず、何かを行うために子どもたちに必要な時間を尊重できていないことの表れでもあり、子ども独自のやり方、つまり自分たちとは異なるやり方を受け入れられない不寛容さを示してもいます。

育児に心理的恐喝という手段を取り入れれば、親たちの疲労はマシになるかもしれません。また、親にとっては非常に単純なのに子どもには分かりづらいような意思決定であっても、恐喝によって簡単に行わせられるようになるでしょう。これは全て、親が望む通りのことを子どもにさせることが目的です。しかし、この育児法は長期的にはどのような結果をもたらすのでしょうか?先ほども述べたように、このような子育て作戦は将来的にかなり危険な影響を及ぼす恐れがあります。

“意思伝達の過程で嘘やだましが使われていると相手を操ろうとし始め、お互いをだまし合うことになりかねない”

-アルバート・ジャカード-

心理的恐喝を受ける子どもの心に生まれるもの

子どもへの心理的恐喝はマインドコントロールの一形態であり、彼らからその他の選択肢を奪ってしまいます。おそらく子どもたちは大人しく従ってくれるでしょう。しかしこの作戦が効力を失い始め、恐喝の手本となった大人に対して子どもの方からも恐喝が行われるようになるまでに、それほど時間はかかりません。その他の全ての恐喝の形態と同じように、これによってポジティブな感情が生まれることなどほとんどないのです。

さらに、子どもたちの心に憤りの感情が生まれる場合もあります。彼ら自身もうまく説明できない感情かもしれませんが、時間とともにそれが成長してしまうのです。子どもたちは普通、誰かが自分を操ろうとしていることに、私たちが思っているよりも素早く気づくことができます。しかし操られるのを好む人など誰もいませんよね?このため、子どもたちは自分に対して恐喝を行おうとしている人々のことを脅威と見なすようになります。そしてそういった相手からは嫌な気持ちにさせられるだけなので、そばに居たがりません。

子どもからの愛情を確かめる目的で心理的恐喝を行なってしまう人は多く居ます。しかし皮肉なことに、その親子の間に本当に愛があったとしても、親によるそのアプローチのせいで愛は減少してしまうのです。これに加え、先ほどもお伝えしましたが、子どもの方もすぐに心理的恐喝を活用する方法を習得します。彼らにとっては、それが完全に正当な作戦に見えています。なぜなら親という愛する人物が使っている手段だからです。悲しいことに、これがずっと続くと、表面的でない本物の人間関係を維持することができない大人に育ってしまうでしょう。

相手を操ろうとするのをやめた時にこそ、愛が生まれる。相手からの自分に対する反応よりも、相手自身のことの方をより強く思いやることができれば、そして思い切って本来の自分を完全に相手に見せることができれば、愛が訪れるのだ。自らの弱さを認められた時、そこに愛がやってくる”

-ジョイス・ブラザーズ-

恐喝が有効とは言えない理由

恐喝が有効に働くことはほとんどありません。なぜなら、その時使われた脅し文句の内容が、その後いつまで経っても実際に遂行されないからです。例えば、部屋を散らかしっぱなしにしていたからといって我が子を愛さなくなる親などいませんよね。心理学者たちはこれらのタイプの脅しは持続性がなく、悲惨な結果を生むだけであることを証明してきました(そしてそれを親たちにも伝えようとしてきましたが、その成功度合いは様々です)。

このような恐喝で指導されても、その子は部屋を整理整頓すべき本当の理由を決して学ぶことができないでしょう。部屋をきれいにしておけば必要なものをすぐに見つけられる、という事実を学べなくなるということです。同じように、気分が乗らない時もあるにも関わらず(もちろん、手遅れになって急遽歯医者に行かねばならなくなるまで)、なぜ歯を毎日磨くことが大切なのかもわからないままになってしまいます。そして、恐喝されることがなくなったりあるいは恐喝による効果が出なくなってくると、大人が身に付けさせようとしていた良い習慣や行動も同じく消失してしまうという事態が非常によく見られます。

恐喝を使っても、子どもたちに問題を解決する力や何かを行う能力を教えることはできません。恐喝による指導により、その瞬間だけ、あるいはその目的のためだけであれば子どもの行動を変えることができますが、その変化は表面的なものですし、モチベーションは持続しません。また、心理的恐喝をしておきながらもその脅しが実行されないままでいると、子どもはもう親の言うことを聞かなくなり、親への信用もなくしてしまいます。

“教育とは、子どもが才能を無駄にせずに済むよう手助けしてやることだ”

-エーリッヒ・フロム-

心理的恐喝 子どもたち 弊害

心理的恐喝の代わりに使用すべき手段とは?

我が子に、特にその子が非常に幼い時に何かをやらせたいなら、一番良いのはただソファに座ったまま命令だけ下すのではなく、彼らを手助けし、一緒にその行為をしてあげることです。そしてもう少し上の年代の子どもたちにとっては、私たち大人が示す手本が最善の指導手段となります。子どもたちに対して何か行なって欲しいことがある場合は、彼らが真似できるような優れた手本を与えてあげましょう。

子どもはロボットではありません。一度頼んだだけで正確にそれを実行してくれるのはロボットやマシンぐらいです。そのため、子どもたちに対しては、すべきことをなんども繰り返し説明してあげる必要があります。また、終わるまでに時間がかかっても、怠けているからだ、あるいは私を故意に苛立たせようとしているのだ、と決めつけてはなりません。子どもたちは大人とは違ったスピードで作業を行うものですし、大抵の場合何かを学びながら作業をしているものです。

子どもと話し合いをすることの重要性

もう一つ重要なのが、色々なことについて子どもたちと話し合えるようすることです。選択肢を提示してやり、彼らの言い分を聞いてあげましょう。子どもに何かをして欲しいと思った時に、果たしてそれは子どもにとって必要だからなのか、あるいは大人側のニーズなのかをまずは自問しなければなりません。なぜなら、それが親のニーズであるならば、代替案を用意して時間も伝え、なぜそれをして欲しいあるいはして欲しくないのかについての説明を与えてやるべきだからです。もしそれが子ども自身に関わること、つまり子ども自身の健康や将来に関わることの場合は、その行為を行うことで得られる恩恵について説明してあげるのが最も効果的でしょう。

子どもを育てるにあたり、恐喝と言う手段を使わないようになれば、その子が自分一人の力で適切な行動の仕方を選べるようになる可能性はもっと高まります。自分にとっても周りの人にとっても真にためになる行動を自ら進んで行えるようになるのです。頭を使って考えさせる機会を与えてやれば、その子は本当に知的能力を高められるチャンスを得られます。これを実現するには今まで以上の努力が必要になり、子どもと話し合う場や一緒にいる時間も少し増やさなくてはならないかもしれません。しかしこの利点として、子どもたちは成長とともに高い自律性と自尊心を持てるようになり、さらに努力することの価値を学習することができます。それならば試してみる価値は大いにありますよね?

“人生の試練から子どもを遠ざけようとするのはやめましょう。むしろ、どうすればそれを乗り越えられるのかを教えてあげてください”

-ルイ・パスツール-