存在感、誰かいるの?

· 2018年6月29日

あなたも時に誰かが同じ部屋にいるように感じたことがあるでしょう。しかし周りを見渡してもあなた1人しかいないのです。存在感を感じること、誰かが近くにいるように感じることは考えているよりも頻繁に起こっている現象なのです。そう言っても恐怖感は減りはしないのですが…

ここで述べている現象は多くの人に実際に起こっていることです。この体験をしたことがある人は、そのものを実際に目にすることはできないけれど誰かが近くにいるように感じます。周りに誰もいないにも関わらず1人ではないように感じるのです。彼らはこの感覚を証明できる要因を明確に特定することもできません。声や音、その他のサインなどはないのです。

自分の影におびえる女性

本物の幽霊がそばに立っているのだろうか?

科学者たちは合理的で科学的な手段でこの現象を説明しようとしています。そのため、何人かの人がこの体験を「感じる」ことが出来るような実験が行われました。科学者たちはこのような存在感を以前に感じたことがない48人のボランティアを集めました。脳のある特定場所にあるニューロンの伝達を変化させることを目標として実験を行いました。

目隠しをされた参加者はロボットを手動で操作しました。同時に他のロボットがその参加者の背後で同じ動作をします。驚いたことに、同時に同じ動きをした場合その参加者は何も異常を感じなかったのです。

しかし同時に動作が起こらなかった場合、参加者は幽霊の存在を感じたのです。具体的に述べると、3分の1の参加者が誰かが同じ部屋にいると感じたと述べました。何人かの人は恐怖のあまり目隠しを外し実験を中止したいとまで言っていました。

この実験を行った研究者は、この存在感を感じたことがある12人の神経系の変化を見るための脳のスキャンを行いました。その目的は脳のどの部分がこの現象に関連しているのかを断定することでした。実験の結果、関連する大脳領域が自己認識や動き、空間認識などに関係していることが分かりました。

ロボットを操る女性

脳が存在感を感じる原因となっている

ロボットの動きが一時的に脳の働きを変化させているという事実を前述の研究結果が明らかにしています。人が幽霊の存在を感じた時、実際に起きているのは脳の混乱なのです。脳が体の位置を間違えて認識し、違う人として認識したことによるのです。

脳がある種類の神経系の異常を示した場合、またはロボットによって刺激が与えられた場合、自分とは別の2人目の存在を作りだすことがあります。これは人によって未知な存在として感知されるのです。この存在は人と同じ動きをし、同じ姿勢を保ちます。

「人間の心は全体として働きます。それは感覚ではなく、人が感じるものなのです。」

– L.L. Pinillos –

心理学での想像力

精神心理学の想像力と知覚は、全ての精神心理学的研究の中心をなしています。実は精神学の研究は知覚と想像力に関するかなりの数の解説的理論に流れています。とは言ってもこれらの理論は多くの観点によって変化するものなのです。

希望は分かりやすい例で、知覚という物が”客観的”に決定されるものではないということを示しています。知覚という物は単に私たちが受ける刺激の物理的特徴によって影響を受けるものではありません。何かを受ける過程でその性質や期待、過去の経験に基づいた刺激に身体は反応するはずです。

「ある意味で、私たちは文章で与えられた情報よりも多くのものを得ることが出来る。」

– Amparo Belloch –

これは私たちの認知工程は情報のみではなく、自分の考えや判断、意見などから導かれるものだと示しています。例えば、幽霊の存在を信じているとしましょう。その存在感を感じた経験から幽霊がすぐそばにあらわれたと本当に信じるのです。

しかし、実際にその出来事が起こっていることをどのように認識できるのでしょうか?ヘルムホルツが1世紀以上前に提示したように、その物自体が赤や緑、冷たい熱いなど明確であるわけではないということです。これらの感覚というのは私たち自身の神経組織に属していて、その物自体にあるわけではないのです。

脳の断面図

このように、奇妙ではありますが私たちは物を「外面的」にとらえています。しかし即時の経験の過程は「内面的」に起こるのです。しかし夢や想像、構想などその他の経験は「内面的」に感じていくものです。ここで判断や解釈が何かを感知する行動に影響を与えることを覚えておくことが重要です。これは知覚した誤りや偽りの感覚は、正しいことと同様に普通のことだということを示しています。少なくともそれらは可能性のという観点ではありますが。(Slade とBentall, 1988年)

存在感は知覚のゆがみ

知覚と想像力の異常は通常2つのグループ、ゆがみとごまかしに分類されます。知覚のゆがみというのは感覚を通じてのみ起こるものです。これらのゆがみは外からの刺激が想定されたものとは違った形で受け取られたときに起こるものです。

その上多くの場合、これらの知覚的ゆがみは器質性障害に基づいています。これらの障害は一次的に起こる傾向があり、脳による解釈と同様、感覚によって受け取られる刺激に影響を及ぼすことがあります。

もう1つのごまかしの場合、新しい知覚経験というのは実際の外的刺激に基づいていないものから生まれます。例えば幻覚がこれに当てはまります。そしてこの知覚経験はその人の「通常の」知覚の部分を伴っている傾向もあります。最後に、初めの知覚を生んだ刺激はすでに存在していなくてもその知覚は継続されていきます。

存在感はどのように分類されるのでしょうか?前述したいくつかの文章を振り返ってみると、この存在感は下記の様に分類できる知覚のゆがみに当てはまると言うことができるかもしれません。

・知覚過敏と感覚鈍麻 – 強さの感知の異常(痛みの強さなど)

・質の認識に関する異常

・変視症 – サイズや形の知覚の異常

・知覚統合異常

・幻想 – これが私たちが存在の感覚やパレイドリアを感じる所以です。パレイドリアは映像や姿、顔などを見る心理学的現象を示しています。子供の遊びによく共通することですが何もいないところに見慣れた何かを感じることです。

幻想を抱いている女性

幽霊の存在を感じたら、幻想を見ているということなの?

研究者や前述した分類によればそうであるように言えます。幻想は具体的な物から誤って知覚された知覚的ゆがみを意味するのです。日常生活にもたくさんの錯覚体験を見ることができます。

友人と待ち合わせをしてる時、何度他人を友人だと思いこんだことがありますか?暗くて心細い裏道を通っている時に背後に足音を聞いたことがない人がいるでしょうか?部屋には誰もいないはずなのに幽霊であってもなくても、誰かの存在を感じたことがない人がいるでしょうか?

存在感を感じたことがあっても心配することはありません。「誰か」の存在を感じることは気が狂っているということを示しているのではありません。この現象は極度の疲労や、極度の孤独など特定の生命にかかわる状況下で起こるものなのです。

しかし存在の感覚というのはある特定の状況に関連しているものでもあります。例えば、心配事や病気に関する恐怖心、統合失調症、ヒステリーや器質性精神障害などです。これらの場合、専門家に相談することをお薦めします。詳しくあなたの状況を調べてくれるでしょう。