正しくサイクルを終わらせられるようになること

21 12月, 2018

ここで言うサイクルとは、始まり、中盤、そして終わりのある人生のプロセスのことです。本当の意味で終わるものはないとしても、プロセスが乾ききってしまったときに、それを終わらせられるようになることはとても大切です。そうすることで、次に進むことができ、その場で身動きが取れなくなってしまうことがないようにできるからです。

あなたもそうしたいなら、サイクルを閉じる時と何かを失うことの違いを知っておかなければなりません。人生の中で大きなチャプターを閉じる時には、かならず喪失感や痛みが伴います。しかしそれは本当の喪失のように突然起こったり、極端に辛いということはありません。それはつまり、サイクルを閉じることは喪失を意味しますが、喪失は必ずしもサイクルを閉じることを意味するとは限らないということです。

「過去には未来がない。経験だけだ。そこに戻りたいと思うけれど、それに蓋をしてしまいたいとも思わないのだ。」
―マイク・タイソン―

サイクルを閉じることが大切な主な理由は、それが未来に直接的な影響があるからです。それがどんなサイクルだとしても、それが開いたままである限り、あなたの個人的な成長の邪魔になります。それはまるで水漏れしている蛇口を放っておき、お金や無駄がこれ以上かからないように願っているようなものです。ですので、この記事ではサイクルを閉じるためにできることをご紹介したいと思います。

サイクルを閉じたいなら、まずは手放すこと

人間は、それがどんなにネガティブでも自分の知っていることにこだわる傾向があります。それはとても深く根付いた習慣で、私たちを完全に惰性の中に落としてしまいます。外の世界にある良いものを探しに行くよりも、悪いけれども慣れているものに耐える方が楽だと思ってしまうのです。

サイクルを閉じるには

これが、本当に多くの人がサイクルを閉じられない理由です。私たちの中には、同じことをし続けていたいと思っている部分があるのです。私たちは知らないことを疑わなければならないということが嫌なのです。

ですので、私たちが最初に行わなければならないことは、手放すことです。サイクルは、全てのプロセスが終わり、ばらばらに散らばった残り物だけが残ったときに閉じます。サイクルを閉じることはあなたが意識的に行わなければならないことです。もうすがるものは残っていないかもしれませんが、だからといって精神的に執着がなくなったとは限りません。手放すことは、新しい現実を受け入れることなのです。

さよならをして、バランスを整えること

サイクルを閉じるということは、つらい現実から遠ざかることですが、それ自体に痛みも伴います。ですので、終わりがもたらす悲しみを経験し、今消えようとしている現実にさよならを言わなければならないのです。これをするのにベストな方法は、あなたが経験したことの記憶を作ることです。

ダチョウのように頭を砂の中に埋めるだけで、サイクルを閉じることはできません。目をそむけるだけでもだめです。一番いいのは、このプロセスのすべての経験を一つずつ思い出していくことです。始まりと、大切な瞬間と、感じた気持ちを選び出しましょう。

そうしたら、バランスを整え、このサイクルの中で経験した肯定的な(あるいは複雑な)経験を振り返ることができます。例えば、それが教えてくれたこと、教えてくれなかったことなどです。あるいはあなたの成長につながったことや、あなたの限界にどんな影響があったかなど。それが、さよならを言うのに最もいい方法なのです。

やり直す時

サイクルを閉じることの主な目的は、最近の過去と和解することです。大切なことは、過去の経験に悪影響を受けたり、あなたの今を左右されないようにしながら前に進むことです。すべての終わりは始まりを意味します。その始まりこそ、あなたが集中し、努力を注ぐべき場所なのです。

前に進めるように

新しいことは必ずしも怖いことではありません。最初は心もとないと感じるのは普通ですが、そのいい所を表してくれるまでにそう時間はかからないでしょう。良く知っているものから知らないものへ移動することはまるで冒険のようです。必ず新しい教訓を学び、驚き、そしてもちろん適応します。ほとんどの場合、これらの変化は奪うよりもずっとたくさんのことを与えてくれるものです。

変化を新しい友人のように受け入れましょう。新しいサイクルを、あなたが学んできたことを実践し、さらに多くの知識を得、自分の粗を磨くためのものだと見なし、成長するために方向転換を行うのです。

サイクルを閉じることは、あなたの心の健康のために絶対に欠かせません。それを閉じないと、未来に圧倒させられ、混乱してしまいます。過去については、良いお葬式をしてさよならを言ってあげなければなりません。知らないこと、すなわち未来については、腕を開き、心を開いて迎えてあげなければならないのです。