他人の手柄を自分のものにしない

2017年10月21日 in 心理学 0 シェア済み
木に息を吹きかける女性

自分自身が手柄を立てるのではなく、他人の手柄を横取りする人をよく見かけるかと思います。こういった人たちは、他人の功績を自分のものとして主張し、何も知らない見物人から受ける称賛を自分に向けられたもののように利用します。誰も自分たちの秘密を知ることがないと思い、何も知らない人から受ける盲目の評価を糧に生きています。

しかし、嘘をついたりだましたりしているときも、彼らの良心は常に一歩先をいき、どこかで真実をちらつかせているものです。良く知られているケースもあれば、気づかれにくいが良くあるものもあるでしょう。博士論文、インターネットコンテンツ (画像、インタビュー、テキスト)、歌、文学作品に関わらず、よくあるケースの一つは盗作です。

盗作は、情報のソースを明確にすることなく、人の作品、アイディア、言葉を自分のものとして使用することである。」
-Real Academia Española (ロイヤルスパニッシュアカデミー)-

盗作の背景にある認められたいという気持ち

どれだけ自分が重要で価値のある人間なのかを示すために、自分のアイデンティティーに関して嘘をつく人もいます。そういった人はコンスタントに嘘をつき、自分が望む人生を作り上げ、あるいは実際より自分が偉い人であるかのように見せるために功績を誇張します。認識されたいという渇きをいやすためなら何でもする人もいます。

だまし (自分自身をだますことを含む) の裏側を見てみると、人として他人から称賛されれたいという欲求が見られるかと思います。称賛欲求が非常に強いがために、うそをついてしまいます。なぜなら現実はそんなには良くないからです。結果は方法を正当化させ、他人の功績を横取りすることを意味するのだとしても、彼らはそれを行うのです。

ピノキオの鼻

しかし、これは本当ではないものによって肥しを得ていることを意味します。観客はその人自身や作品を称賛しているわけではありません。他の人の作品を称賛しているのです。それは、共に生きていかなくてはならないつらい真実です。幻想が消え、うそが真実を隠し切れなくなったとき、良心が毎日叫び続ける真実です。

自分の成果を引き出し、本当の自分に近づく

それだったら、自分自身の成果を出しませんか?他の人の手柄を横取りする意味はありません。自分が作り出したものに対するこころからの本当の称賛を得ることより素晴らしいことはありません。常に、本当の自分、自分が想像したもので称賛を得、自身を受け入れることを追い求めてください。

チリーダは次のように言っています。『「オリジナル」という言葉は、「オリジン(起源)」という言葉から来ていることを忘れないでください。』

とても正しい言葉です。歴史上、アートのすべての創造物は、 その前時代のものからインスパイアされています。そのため、1つのものから生み出されたすべてが本物です。もちろん、誰もが別のものから影響を受けインスパイアされます。しかし、他人の作品からインスパイアを受けるということと、恥ずかしげもなくコピーすることは違います。

自分自身をだますこと(そして結果的に相手をもだますこと)は、自分の本質から離れていくことを意味します。自分ではない誰かになろうとしているということです。オリジナルなものを作り出すことを拒否しているということです。簡単なものに合わせているということです。ただ、同時に、あなたの良心にあなたを罰する理由も与えています。

芸術作品を作る若者

うそは本物の反対

この誤った偽りの幸せは長くは続きません。偽りの日々は増え続けます。結局、 すべてのうそは無謀なのです。それはほんの少しだけをカバーしてくれますが、たいてい失敗に終わり、ペテン師をさらけ出します。そしてそのペテン師は、見つかるのを避けるためまたうそをつくのです。

自分自身の功績を作れば、もっと本物に近づけます。自分の良いところ悪いところを含めた、本物の自分に近づくことができます。作り出すものはあなた自身の作品となり、あなたの本当の部分から作られるものです。あなたは真実を作り出し、自由になります。だましたり隠れたりする必要も、自分のものではないものを維持するための重荷を背負う必要もありません。それに、自分を誇る素晴らしい理由を与えてくれます。

フレディー・マーキュリーは次のシンプルな言葉を残しています。

「結局、自然にいること、偽りなくいることが正解なんだと思う。」
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何より、偽りなくいることは自分自身に対する勝利です。自分の本質を追い求めることほど素晴らしい功績はありません。

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