透明性の錯覚:私は大丈夫じゃない

· 2019年6月8日
感情を知覚できても、そこにある根本的な問題には気づかないかもしれません。どうしたのと尋ねても、「何でもない」と答えが返ってくることもあるでしょう。透明性の錯覚がある所には、頻繁に、感情的未熟さと、効果的コミュニケーションの欠如が見られます。

透明性の錯覚に苦しむ人は少なくありません。自分の悲しみ、気持ち、絶望感は、はっきりと皆に見えていると思っています。他者は、自分のニーズを瞬時にわかるべきだと考えています。しかし、人はいつもすべてをあからさまにしているわけではありません。本当に何かを必要とする時は、主張する以外の選択肢はないのです。

このような考え方に身に覚えがある人もいるかもしれません。実際、ほとんどの人が、これを何らかの方法で直接経験しています。例えば、人前で話す時、「私がどんなに緊張しているか、みんなわかるだろう」と考えることがあります。ところが、実際、聴衆はあなたの素晴らしいスピーチと自信にしか気づいていません

自分の内なる状態は、他者に明らかだと考えるのが、透明性の錯覚だ。自分は鏡で、自分のもっともプライベートな面を完全に投影していると思っている

とても悪い日があった時のことを考えてみましょう。マーフィーの法則が当てはまるような一日で、起こりうるすべてのことが悪い方向に向かいます。それでも、夫や妻、家族、友達はあなたが悪い一日を過ごしたことなんて全く知りません。わかりえないのです。

私達が思っているように、私達に透明性はありません。内なる自分は、テレビ画面や鏡ではありません。だからといって、怒ったり悲しむ必要はありません。あなたを見て、あなたが大丈夫かどうかを知る義務は、他者にはないのです。

私たちにできることの中で一番良く、健康的なのは、正直に「今日は嫌な一日だった」と言うことです。しかし、他者が、自分がどう感じているか悟ってくれないと怒る人は多いものです。自分が何に悩んでいるか、魔法のように悟ってもらえないと、無視されているように感じるのです。

 

透明性の錯覚:どんなに悩んでるか見て!

以下の例を見てみましょう。カルロスとイーバは、今夜、記念日をお祝いする予定です。付き合って2年のお祝いで、レストランを予約しています。出かける頃になって、イーバは、カルロスが身支度のために、長時間洗面所から出てこないことに気づきます。彼女はノックし、カルロスに大丈夫かどうか尋ねました。数秒後、彼は出てきて、ディナーに行く気がせず、行きたくないと言います。

イーバは、心配し、どうしたのと尋ねます。しばらく彼は口ごもり、ついに、記念日をお祝いする気分じゃないと言いました。イーバは自分に何が起こっているか気づいてくれていないので、2人の関係はうまくいっていないと彼は考えているのでした。

イーバはその返答に驚き、不安になります。彼女は、何のことを言っているのか、何がおかしいのか彼に尋ねました。するとカルロスはこう言ったのです。「仕事がうまくいっておらず、解雇されるかもしれない。2日間悩んでいたのに、君は気づかなかった」

イーバの答えはシンプルです。「どうして何も言ってくれなかったの?」この状況は、実際、よくあるものです。明らかなコミュニケーションの問題ではありません。これには、非常に危険な認知バイアスが関わっています。それにより、カルロスは、特別なレーダーが備わっているかのように、一目で人は自分の感情をを分かってくれると思っていたのです。

透明性の錯覚:私は大丈夫じゃない

カルロスは、数日悩みを抱え、自分の透明性を信じていました。彼はあまりに悩んでいたため、彼女はそれを分かってくれて当然だと考えたのでした。どんなにこれを避けようとしても、いつもうまくいくとは限りません。

考えていることや感じていることのヒントを皆が明らかには表していない。また、人が自分の悩みに気づいてくれないと、より不安になり、よりイライラ人がいるのは、さらに厄介だ。彼らは、自分の不幸に人は気づいてくれると期待している。

 

何かを求めるのであれば、伝えることを学ぼう

共感の大切さは、誰もが知っているでしょう。大切な人との繋がりがあれば、言葉にしなくても他者のニーズや問題を言葉にすることなく気づくことができることもあります。そうはいっても、様々な理由で、共感がうまくいかないこともあるのです

感情を知覚できても、そこにある根本的な問題には気づかないかもしれません。どうしたのと尋ねても、「何でもない」と答えが返ってくることもあるでしょう。透明性の錯覚がある所には、頻繁に、感情的未熟さと、効果的コミュニケーションの欠如が見られます。これは、人間関係に侵入するトロイの木馬です。そこで、大人として、これを管理することを学ぶことが非常に重要です。

透明性の錯覚:私は大丈夫じゃない

 

透明性の錯覚に関し、どうすべきか

私達は皆、ある程度の透明性の錯覚をするということを忘れてはいけません。ほとんどの人において、異なる方法で、定期的にこれが生じるでしょう。特に恋愛関係においてはよくあることです。多くの人が、相手は自分に何が起きているか、何を必要としているか悟ることができるべきだと思っています。

親密な関係における欲求は強いものです。それはあまりに強く、愛は超能力や超自然的な力を与えてはくれないということを忘れてしまいます。相手の考えや感情すべてを感じることは不可能です。そこで、次のことを頭に入れておくことが重要です。

  • 自分が何に苦しんでいるか、他者はそれを理解すべきだと考えてはいけません
  • 質の高い人間関係を求めるのであれば、積極性を基礎にしましょう。何が必要か、何を感じるか、何が嫌か、何に傷つくか、オープンに表現できる基礎がなければなりません。
  • 思っているほど、人には透明性がありません。思っているほど、パートナーはあなたの感情を察することができません。仕事や日課に追われ、人の気持ちに意識を向けることが難しくなることもあります。しかし、それは相手への興味が薄れ、愛が小さくなったことを意味するのではありません。
  • 自分の心配を、今、表現しましょう。明日へ取っておくと、問題は大きくなります。

心当たりがあるものもあったでしょう。待ってはいけません。ここで記した物事について行動を起こしましょう。そうすると、よく見られる認知バイアスの影響を最小化し、より良い人間関係を楽しむことができます。