6人の盲目の賢者とゾウ:人の意見に耳を傾けること

2019年9月5日
他人の意見に耳を傾けますか? 人の見方を尊重することが出来ますか? 今回はその問題を反映する物語をお伝えしましょう。

人の意見になかなか耳を傾けることが出来ないこともあるでしょう。自分とまるで違う人の意見は参考にならないと考え、自分が見聞きしたことを元に物事を判断しようとします。ですがそうすると「頑固」だったり「他人の意見について考えたり理解しようとしない人」という風に思われがちです。

あなたは否定するかもしれませんが、このような態度を取るのは常に自分が正しいと思いたいからなのです。ですが自分が間違っているという可能性を受け入れられてこそ、正しくいられるのです。

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6人の盲目の賢者とゾウの物語

昔々、小さな村に6人の目の見えない賢者が住んでいました。ある日誰かが村にゾウを連れてきました。賢者たちはゾウがどのような姿をしているのか知りたいと考えました。

「分かった」1人が言いました。「触ればいいんだ!」

「いいね。」と全員がそれに賛同しました。「触ればゾウがどんな姿かきっとわかるぞ。」

そこでまず1人目の賢者がゾウの耳の上を、ゆっくりと手を前後に滑らせながら、

「ゾウはまるで扇のようだ」と言いました。

今度は2人目が足を触り「まるで木のようだ!」

3番目はしっぽを触り「ロープみたいだよ。」

牙を触っていた4人目は「槍のようじゃないか!」

「いやいや、まるで高い壁だよ」と体を触っていた5番目の賢者。

そして最後の6番目の賢者が鼻を触りながら言いました。「みんな間違ってる。ゾウはまるで蛇のようだ。」

「いや、違う。ロープみたいだ。」

「蛇だよ。」

「絶対高い壁だ。」

「みんな間違ってる。」

「私が正しい。」

「そんなはずはない。」

6人の賢者は何時間も意見が一致することなく議論を続けました。

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人の意見に耳を傾ける大切さ

この物語は、人の意見に耳を傾ける大切さを教えてくれます賢者たちは友の言うことに耳を貸さず、自分が感じたことだけを主張しています。ですがみんな一部だけで判断した、つまりは推測だけでものを言っているに過ぎないのです。

自分の意見を正当化しようと躍起になるばかりで、結局本当はゾウがどんな姿をしているのか誰も分からないまま。馬鹿げているように見えるかも知れませんが、実はこれは良くあることなのです。

彼らは皆それぞれ自分が感じたことを主張してはいるのですが、誰も実物の形に近い推測をしてはいません。さらに悪いことに、誰も人の意見に耳を傾けることが出来ませんでした。

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それではどうすべきなのでしょう? 次に誰か他人があなたの意見と全く違うことを言った時その人の視点でその状況を見ようと努力してみてください。その人の話に耳を傾け、分からないことは質問し、そして自分の意見も言ってみましょう。

 

違う形で現実を感じる

他の人が必ず正しいと言っているわけではありません。ですが、人の意見に耳を傾けることで違った世の中の見方を知ることが出来ます。それぞれの意見には少なからず真実が含まれています。事実、哲学者プラトンの「洞窟の比喩」の中で、同じ現実に対して異なる解釈が存在することが示されています。

経験、価値観、信念などに左右される私たちの物の見方は、他人のそれと全く違うものである可能性が常にあります。ですがそれが誰かが常に正しくて、他の誰かがそうではないなどという意味ではありません。

他の人の意見に耳を傾けることは、つまりは人生を豊かにすることです。自分の意見ばかりを主張するのはやめましょう。ゾウの物語同様、もしかするとそれぞれがどこかの部分で正しいのかも知れないのですから。