愛する娘よ、良い子でなくていいんだよ

· 2017年12月23日

愛する娘よ、良い子でなくていいんだよ。素直で、言うことがきけて、穏和な子でなくてもいいんだよ。お前が望んでいることを私は分かっている。意見を言うこと、黙っていないこと、大声で笑うこと、走り回ること、星座を指さしてその全部に手が届くと想像すること…そういったことを学びなさい。私のかわいい子よ、誰にも「怒ったら可愛くない」なんて言わせないで。誰にもお前の夢に有刺鉄線を張ったり、アイデンティティの型にはめさせたりしないで。

本質的にこんなに論理的で不可欠なことが、知ってか知らずか、ほったらかしにしているドアの蝶つがいのようにきしみ続けています。2017年6月に起こった例を見るとよくわかるでしょう。

ベルギーの都市ルーヴェンの映画館で、『ワンダーウーマン』の公開を機に、女性限定の上映がありました。この社会現象に乗せられ、数え切れないほどの少女たちが会場を訪れました。

この日、この映画館チェーンは、来場者に「Cool things inside(クールなものが中に)」というロゴの入ったバッグをプレゼントしていました。その効果もあって、想像どおり満席でした。ところが、この謎のバッグの中に入っていた、カッコいいと想定されたものは…忘れがたいものたちでした。少女たちがバッグの中に見つけたものは、たわし・ガラス用洗剤・掃除用ブラシ・ダイエットピルだったのです。このニュースは、数日後も多くの人々を驚かせ、あらゆる業界の人々から数え切れないほどのコメントや批判が寄せられました。

「人生を避けていては、平穏は見つけられない」

-ヴァージニア・ウルフ-

これは、私たち皆が知っている現実です。過去の名残であり、私たちの社会に時々出現する化石のようなもので、大多数が反応します。ところが、目立たなくて簡単には見えない別のタイプの隠された現実も存在するのです。言語の中、女の子や男の子への話しかけ方の中に存在し、ほとんど気づかないうちに、彼らを無理やり型にはめているのです。

おもちゃで遊ぶ女の子

良い女の子は静かな子

良い女の子は、部屋の隅で動かず、周りのことを静かに観察します。その間、素直な女の子は、空想の中で人知れず、沈黙という鍵を閉めて、広く野性的な自分の世界へ飛び立ち、数知れない冒険をするのです。他人、つまり彼女の前を通る大人たちは、彼女のヘアスタイルや洋服や注意深い視線をほめます。両親に向かって「おりこうですね」と言いますが、女の子には話しかけず、何が好きなのか、何が嫌いなのか、どんな本を読んで何を夢見ているのかを質問したりはしないのです。

誰も気づきませんが、ほぼこの世界に生まれた瞬間から私たちは、評価されレッテルを貼られています。生まれてたった9か月の時から、判断の形容詞や名詞と、無謀な誇張にあふれた世界が、私たちの脳に同化していくのです。

早すぎると思われるかもしれませんが、「心の理論」の説明によれば、9か月というのが子供が社会行動に同化し始める、つまり大人の行動を真似し、少しずつ解釈し始める時期だそうです。

こうした早い時期から、受け身な姿勢・従順・沈黙・女の子の外見の価値などを重視すれば、大人の勝手で子供の持つ多くの能力を否定したり、変えてしまうことになります。そこで、アルフォンソ・モントゥオリ氏のような多くの心理学者・教育学者・教育者が要請していることは、子供の生まれつきの人間性と尊さを重視する、先入観と性別によるレッテルのない教育の実践です。学習と自己認識に対する好奇心を高く評価することも求めています。

考えることを阻害するテレビ

愛する息子よ、強くなくてもいいんだよ

ここまで、沈黙から世界を観察する女の子、「良い女の子」について話してきました。今度は、もうすでに大人になった、感情の封じ込めと自己コントロールをほとんど義務付けられて教育された多くの男の子たちについて思い出す番です。感情や繊細さは、ゆがんだ歯並びをできるだけ早く治すのと同じように、修正されるべきものでした。

まず、涙は女の子のもので、男の子に生まれたなら、即飲み込まなければなりません。男の子は、何でもできて何も失敗しないスーパーマンのように強くあるべきだからです。

「未来は、夢の美しさを信じる者に訪れる」

-エレノア・ルーズベルト-

また、男の子の世界には、直感的に知り対応するべき深い問題があります。次のような研究で、より平等な育児と教育の正当性が言われています。

これは全ての保護者や教育者が配慮するべきことなのですが、男の子の脳は女の子よりずっと繊細で、ストレスに対する耐性はより小さく、つまり、幼児期において、感情の強化・安全・保護を前面に出した育児が必要だとのことです。

このことから、時に暗黙の了解となっている子供たちへの日常的な対応について、もう少しよく考えるべきであることが分かります。「おりこうないい子でいてね」「男の子は泣かない」などのコメントが、フラストレーションや不幸せの穴へと落ちてしまうような人格形成へとつながってしまうのです。

一方、面白いことに今日、人間的成長について説く専門家が多く現れ、女性たちが社会・政治・経済など様々な領域でリーダーになれるように訓練しています。

バラの花をまとった女性の顔

有名なコーチであるボニー・マルクスの場合と同様、全てのそういった専門家が実感したのは、政治や企業で上の地位をめざす女性は、最初、自分自身をエゴイストだと感じるということです。望みのために闘うことは、自己中心主義ではなく権利だと示すためにこうした思考パターンを壊すことは、まちがいなく最も難しいことです。なぜなら「良い子」というのは、従順であることでも順応主義者になることでもなく、本当は男性であれ女性であれ、望むもの、欲しいものを手に入れるための勇気がある、ということだからです。