アンチヒーローたちが持つダークな魅力

最近ヒーローたちがアンチヒーローたちに取って代わられているのは、彼らの方がずっと魅力的だからです。それには、彼らの傷つきやすくて不幸せな性質や、彼らが崩壊した社会の生み出した産物であるという事実が関係しています。記事を読み進め、アンチヒーローたちのことをもっと詳しく知っていきましょう!

最後の更新: 12 2月, 2021

アンチヒーローたちのダークな魅力が現代文化を席巻しているようです。その中には、例えばウォルター・ホワイト(『ブレイキング・バッド』)、トニー・ソプラノ(『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』)、ドン・ドレイパー(『マッドメン』)、デアデビル、ジェシカ・ジョーンズ、マレフィセントなど、あらゆる種類のキャラクターたちが含まれます。映画やテレビ、漫画、あるいは文学の世界には他にもたくさんのアンチヒーローがいますよね。彼らは人々を大いに魅了します。アンチヒーローたちは少々いかがわしくて、はたまたバチが当たりそうな倫理観を持っていることが多いですが、それでも彼らのダークな面に惹きつけられる人が大勢いるのです。

また、この種の心理的側面を持つキャラクター性がここ10年間で力強さを増しているのは明白でしょう。世間の人々はもはや、徳を持つ人物像、つまりカール・ユングが12の元型として定義した中の、邪悪と戦う英雄タイプのような人物像には、魅力を感じられなくなっているようです。光をもたらし、闇を遮断してくれていた永遠なる救世主たちは、もうそれほど刺激的で画期的な存在とは言えません。

なぜでしょうか?実は、その理由はたくさんあります。どの神話や伝説上のキャラクター、あるいは典型的な人物像も偶発的に生まれたものではない、なぜならこれら全ての存在が現実世界にある何かを象徴しているからだ、と人類学者レヴィ=ストロースは述べました。人々は何らかの形で、過ちを犯しがちで不完全な、そして時に非倫理的ですらあるこういったキャラクターたちに親近感を感じるようになったのです。

それでは、アンチヒーローの人物像に隠された、彼らが私たちにとって魅力的で心の救いになってくれる理由を探っていきましょう。

アンチヒーローたちのダークな魅力

スーパーヒーローの時代は、もう過ぎ去ってしまったように見えますよね。もしかしたら、その治世は本来望まれていたよりもずっと早くに終焉を迎えたのかもしれません。ヘラクレスやペルセウスといったキャラクターが輝きを発しなくなったのは遠い昔のことです。もちろん、文学の世界ではモンテ・クリスト伯のような忘れがたいキャラクターも登場しました。しかし、その概念を一新して見せたのはジェイムズ・ジョイスだったのです。彼が世に送り出した小説『ユリシーズ』の中で、人々は突如、コミカルな面も悲劇的な面も併せ持つようなアンチヒーローたちとの出会いを果たしました。

ある意味で、どのアンチヒーローも共通する要素を持っていると言えます。それは、心の傷を覆うベールと、滑稽な失敗です。ジョーカーがその一例で、悪役と見なされることが多いものの、彼のDNAの中にはアンチヒーロー的本質が備わっています。彼は悲惨な過去を持つ男で、ピエロに扮して残酷な趣味を楽しんで笑うような嫌な人物ですが、その顔に描かれた笑顔は彼の悲しみを象徴しているのです。

私たちにとってアンチヒーローが共感しやすいキャラクターなのは、彼らが常に幸せだとは限らないからでしょう。そして、現代社会においてはそういった複雑な事情を理解しやすくなっているのです。

不完全さを併せ持つ、真のアンチヒーロー

まず、典型的なアンチヒーローと、ただいくつか欠点があるだけのキャラクターたちとを混同しないようにするのが大切です。例えば、トニー・スターク(アイアンマン)やバットマンは後者を象徴する存在だと言えるでしょう。彼らには光り輝く面と薄暗い一面があります。アイアンマンは奇抜で無責任ですし、バットマンには両親の死を含む複雑な過去がありますよね。しかし、この2人はヒーローなのです。これらのキャラクターたちは巨大な問題を解決してくれますし、カール・ユングが指摘したように、救世主的なアーキタイプを象徴しています。

しかし、真のアンチヒーローというのは誰のことも救ってくれません。むしろ、自分自身が毎朝しっかり生き抜くことだけで精一杯なのです。苦難やトラウマ、喪失、裏切りといった辛い経験から這い上がってきたキャラクターたちですから、そこから自分だけの世界を作り上げて過ごしています。そしてその世界では、大多数のものとは異なる、彼らならではのルールや価値体系が勢力を振るっているのです。

これらのキャラクターたちは善と悪とが溶け合った心を持つため、どちらの領域でも生きることができます。偉大な芸当を成し遂げる能力がある一方、ルールを破ることにかけては達人の域です。

アンチヒーローに惹かれるのは、共感できるから

人はヒーローを賞賛しますが、自分を重ね合わせる対象はと言えば断然アンチヒーローたちです。なぜこんなことが起きるのでしょう?ウォルター・ホワイトやトニー・ソプラノのようなキャラクターに成りきって、彼らの行為を楽しむというのはいささか矛盾しているのではないでしょうか?なぜこういったことがあり得るのかというと、人間には共感力が備わっているがゆえに、不幸せで絶望していて不満を抱え、そして欠陥だらけのシステムに立ち向かって行くような人物の方により共鳴しやすいからなのです。

例えば、ウォルター・ホワイトは末期ガンの診断を受けているので、視聴者はこの人物に大いに同情してしまいます。彼は高校の化学教師ですが、家計を支えるために仕方なくメタンフェタミンの製造をしているというキャラクターです。また、恋人に裏切られて虐待されたマレフィセントという妖精もいますね。彼女はその恋人に捨てられただけでなく、翼を切り落とされるというひどい扱いまで受けました。

私たちは、このタイプの人物像にかなり容易く親近感を持ってしまいます。彼らのダークな一面が魅力的に映るのは、その行為の元になっている動機が共感できるものだからなのです。

アンチヒーローは、ボロボロの社会で暮らす私たちに開放感を与えてくれる

パニッシャーにデアデビル、ジェシカ・ジョーンズなど…。近年、こういったキャラクターたちがテレビ用に映像化されることが増えてきました。これらのアンチヒーローたちが持つ何らかの要素が、観る人にとっての心の慰めのような、カタルシス剤のような役割を果たしているようです。彼らは、人々がやってみたいと思いながらも決して実行することはないような大胆な行為の数々を、画面の中で代わりに行ってくれています。正義の名の下に法律を破り、崩壊した社会の中では自分の行いは正当なのだと納得しているアンチヒーローたちの思考態度は、視聴者にとって非常に魅力的です。

また、時折彼らは不正に対して強硬手段で対抗しようとします。その極端な反応の仕方も私たちを惹きつけますし、もし私たちだったら絶対にわざわざ変えようとしないであろう破綻した制度や不平等な状況などを前にして、それをどうにかしようとする姿勢には、感服せずにいられません。

決して変わることのないアンチヒーロー(そして誰も彼らの変化を望んでいない)

嘘つきだろうと残酷だろうと不実だろうと、はたまた暴力的な殺人者だろうと、アンチヒーローたちにはダークな魅力があります。彼らは矛盾を抱えたキャラクターたちなのです。その姿を見て、嫌いになったり、こんな人とは関わりたくないという気持ちになることも多いでしょう。そうです、映画やドラマの途中で、私たちの倫理観や道徳観に真っ向から反するような行為の数々に、「もうこのキャラクターを観ていたくない」と思うはずです。しかし、遅かれ早かれ、アンチヒーローたちへの興味が膨らんでいき、もっと知りたいという気持ちになり、別の映画あるいはドラマの次のチャプターを視聴し始めたり、または新しい漫画や小説に手を伸ばしてしまうことになるでしょう。

そして、彼らの心の奥底の部分はずっと変わらないといいな、という願いが湧いてきます。例えばスーパーヒーローが正義の道から外れるようなことをしたら、彼らは全力で元の善良なキャラクターに戻ろうとしますよね。対照的に、アンチヒーローたちは決して自分を変えようとしません。そしてこの点こそ、つまり完璧からは程遠いという点こそ、大抵の人が彼らを好きになる理由なのです。

今日のヒーローたちはアンチヒーローたちに取って代わられるようになってきました。彼らはいくつかの点において人間の持つ非常に後ろ暗い願望を、決して他人には明かせないような願望を、鏡のように映し出してくれている存在なのです。

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