デイヴィッド・ヒューム:人生と功績

2019年7月15日
デイヴィッド・ヒュームは現代にも通用する功績を残した偉大な哲学者です。彼の人生とその功績を学びましょう。

哲学は、人生、世界、存在の意味や不思議を解こうとする学問です。科学が登場する前、人は疑問に対し、様々な方法で答えを出そうとしました。まず、天地創造に関する不思議やアイデアが生じました。後に、哲学の出現により、その推論は少し客観的なものになったのです。

以前、哲学は自然や存在の意味を求めようとする学問でした。時と共に、それはいくつかの分野に分けられました。哲学者は人間の現実の認め方を探求するようになります

デイヴィッド・ヒュームは、偉大な哲学者のひとりです。先天的知識は存在しないとし、習慣を確立し学習することの重要性を強調しました。これは当然、当時の哲学に大きな影響を及ぼしました。さらに、およそ100年後、一度は固まった心理学にも影響を及ぼしたのです。

「再利用の自由がなければ、選択の自由はない」

‐デイヴィッド・ヒューム‐

ヒュームの哲学を理解するには、背景を知ることが重要です。ルネサンス時代、知識に関し2つの拮抗する学派が出現しました。一つは合理主義です。これは、人間は現実を解釈するのに使う一定の普遍的心理をもって生まれるという考え方です。

その反対がもう一つの学派、経験主義です。経験主義は人間は生得的な知識を持ちえないと主張します。経験を通してのみ学ぶことができるのです。この学派の重要な代表者のひとりがデイヴィッド・ヒュームだったことは間違いありません。ここで、彼の人生と功績についてお話します。

デイヴィッド・ヒューム 人生 功績

 

デイヴィッド・ヒュームの人生

1711年、デイヴィッド・ヒュームはスコットランド、エディンバラの裕福な家庭に誕生します。父親は弁護士で、ヒュームが幼い頃に亡くなりました。そのため、家族には法学部に進んで父親のようになるよう期待されていました。そして、デイヴィッド・ヒュームはエディンバラカレッジに進学します。彼の教授には、アイザック・ニュートンの弟子もいました。

その後彼は家族の思いを受け、法律を学ぶためエディンバラ大学へ進学します。しかし、好みに合わず勉学を放棄します。そして貿易の世界に踏み出すためブリストルに引っ越しました。そして、恐慌の後、彼が唯一学びたいのは哲学だと気づいたのです。

数年後、フランスに移り、1735年から1737年までそこに住みました。初めはランス、後に、以前ラ・フレーシュとして知られていたサルトに住みます。ロンドンに戻った後に出版された「人間本性論」は、これらの都市で書かれたものです。この本の中に、彼の信念と内なる哲学が示されています。しかし、これは失敗に終わり、スコットランドへ戻ることになりました。

エディンバラに住んでいた当時、「道徳・政治・文学論集」の前半が出版されました。初めの著書とは違い、これは大成功でした。後に、アナンディル侯爵の教師、クレア中将事務官、エディンバラ弁護士教会の図書館長など様々な役職を務めます。

1763年、ハートフォード卿のおかげで、パリ大使館の一員にもなります。ここで、ダランベール、ディドロ、ジャン=ジャック・ルソーと関係を築いたのです。パリの滞在を1769年まで延ばし、そして、本を書くためにエディンバラへ戻り、生涯を過ごします。1776年生涯を閉じました。

 

デイヴィッド・ヒュームの考え方

デイヴィッド・ヒュームの考え方を習得するには、まず、彼の功績を探求し、常に主張していた経験主義論を定義しなければなりません。

経験主義は一連の原則に基づいています:

先天的知識は存在しない

人は、現実をどう解釈すべきかを決める先天的考え方や知識をもって生まれてくるのではありません。経験主義派にとって、私達が現実に関して知っていることは、すべて、経験を通したものなのです。

外的経験と内的経験があり、内省や自分の内なる知識から生じるものもあれば、反対に、世界を感じ、知覚することから生じるものもあります。経験主義者にとって、経験に先んじるものはありません。私達は感性界のみから学ぶのです。心は真っ白な画用紙のようで、時と共に得た知識で、そこに絵を描いていくのです。

デイヴィッド・ヒュームやジョン・ロックはこの理論を主張します。それでも経験の限界に関しては異なる意見をもちます。ロックは実践を越え、人は現実の知識に通じることができると考えました。一方で、ヒュームは、経験の性質を考慮し、知識は私達の知覚へと還元されるのだと主張します。

2種の知識

印象と観念という2種の知識があるとヒュームは言います。感覚を通して物事を経験した結果として生じるのが印象です。そして、身体的知覚からは生じない抽象的なものが観念です。

すべては感覚から生じます。感覚から瞬時に受けとる知識が印象です。そして、印象から観念が引き出される観念はより複雑なものです。ヒュームは、観念を作り、修正する能力である想像の概念についても言及しています。

「美しさは、物自体に存在するのではない。考える心の中だけに存在するのであり、心はそれぞれ異なる美しさを感じる」

‐デイヴィッド・ヒューム‐

デイヴィッド・ヒューム 人生 功績 経験主義

2種の異なる命題

デイヴィッド・ヒュームは、特定の空間や時間に生じるであろう、または、生じないかもしれない事実から起こる推定的命題を区別しています。例えば、「いつか、太陽は出ないかもしれない」ということです。太陽は毎日昇ります。この知識は、習慣、知覚、信念から得たものです。一方で、論理的な構造により立証される論証可能な命題に関しても言及しています。例えば、4 + 4 = 8です。どちらも、習慣から作られたもので、この習慣が後に私達の生き方を決めます。

彼の主な著書、「人間本性論や道徳・政治・文学論集」「人間知性研究」などにこれらの基本原則が書かれています。

 

デイヴィッド・ヒュームと哲学

短くまとめると、デイヴィッド・ヒュームは経験主義について記したもっとも重要な人物のひとりです。認識論は、心理学と非常に深く関係する哲学の分野のひとつです。ヒュームは心理学にも大きな影響を与えたのです。

デイヴィッド・ヒュームは、思考や感情をもって生まれた人はいないと言います。そうではなく、経験を通して、それらを取得し、発展させるのです。そのため、デイヴィッド・ヒュームは、生得主義を切り捨て、人間の学習に関する考えを強化しました。彼は私達が世界を解釈する方法や知覚に関し考え直すよう、導いてくれているのでしょう。

「憎む、愛する、考える、感じる、見る。これらすべては感じること以外の何でもない」

‐デイヴィッド・ヒューム‐

  • Hume, D. (2004). Investigación sobre el entendimiento humano(Vol. 216). Ediciones AKAL.
  • Hume, D. (2000). Tratado de la naturaleza humana. El Cid Editor.
  • Hume, D., & Mellizo, C. (1985). Mi vida. Cartas de un caballero a su amigo de Edimburgo: Cartas de un caballero a su amigo de Edimburgo (1745). Alianza Editorial Sa.