エメの症例あるいは自罰パラノイア

2019年3月24日

エメの症例は、精神医学および精神分析の分野で最も有名な症例の一つです。これには、主に二つの理由があります。一つ目が、ジャック・ラカンの理論を証明するのに欠かせない症例となったこと、二つ目が、妄想性パーソナリティ障害の研究における重要な基礎を作り上げたことです。

ジャック・ラカンはおそらくジークムント・フロイトの次に有名な精神分析家でしょう。彼の調査は、古典的な精神分析学に決定的な進歩をもたらしました。エメの症例は、彼をこの分野における革新的で明快な思想家へと押し上げた研究でした。

エメに対する治療方法や科学の世界への発表のされ方によって巻き起こった議論もまた、エメの症例を世間に知らしめました原因です。また、その結末も新聞の見出しを賑わせることとなりました。メンタルヘルスの歴史上、これがかなり刺激的な一章であったことに疑いの余地はありません。

「本物は、象徴化に絶対的に対抗できるものだ。」

-ジャック・ラカン-

エメの症例あるいは自罰パラノイア

マルグリット・パンテーヌ、ラカンのエメ

マルグリット・パンテーヌはエメとして歴史に名を残しています。エメとは、彼女の書いた小説に出てくる登場人物の一人の名です。ラカンが論文の中で彼女の仮名として使っている名前でもあります。彼女はフランスの農家に生まれたカトリックの女性で、28歳の時から迫害されているという感情を抱き始めるようになりました。

全ての始まりは、彼女が初めて妊娠した時からでした。彼女は人々が自分を傷つけようとしているという考えに囚われ、暴力的な言動を取るようになりました。子どもは死産となり、彼女はこの責任は友人たちにあるのだと自らに言い聞かせます

彼女の精神状態はいったんは落ち着きましたが、二度目の妊娠中に再び迫害されていると感じ始めました。そのせいで、息子のディディエが生まれてから最初の5ヶ月間、彼女は誰にも息子を見せようとしませんでした。

彼女の被害妄想はどんどん悪化しました。その結果、彼女は精神病院へ入院させられました。退院後、彼女は一人暮らしをするためにパリへ向かいました。その後、彼女はユゲット・デュロフという若手女優こそ、息子を傷つけようとしている人物だ、という考えにとりつかれるようになりました。

彼女は、ウェールズ公宛にこの疑念に関する手紙を送ることさえしました。そしてついに1913年の4月、マルグリットはこの女優をナイフで襲撃したのです。こうして、彼女は刑務所へ収監されました。

エメの症例の興味深い発展

彼女の精神状態を確認した心理学者は、マルグリットをサンタ・アナにある精神病院へ移送しました。この病院が、ジャック・ラカンが彼女を一年半に渡り治療した病院です。彼女の症状は、病院に足を踏み入れた瞬間に消え去りました。これが、ラカンが彼女の病状を「自罰パラノイア」から来るものだと結論づけた理由です。

言い換えると、罰せられることにより彼女の病状は良くなったということです。彼女は無意識の罪悪感に苦しんでいましたが、拘留されることにより、被害妄想に頼る必要がなくなったのです。

エメの症例は、一風変わった展開と結果を見せました。彼女の置かれた状況に、ラカンは魅力を感じました。実は、ラカンが彼女を呼ぶのに使った「エメ」という名前にはフランス語で「愛する者」という意味があります。彼がそんな名で彼女を呼んだのはとても興味深いですよね。二人の間に恋愛関係はありませんでしたが、彼は彼女の病状から、精神病に関する論文を発展させる重要なカギを見つけることができたのです。

マルグリットは誰も出版したがらないような小説をいくつか書きました。治療の間、彼女は書いたものをラカンに渡しましたが、ラカンはこれを決して彼女に返却しませんでした。皮肉なことに、彼女はラカンの研究によって有名になったのです。

治療の初期から、マルグリットは誰かが彼女の書いたものを盗もうとしている、と言いだしました。彼女は自分のアイディアを盗もうとしているとして小説家のピエール・ビノーを告発しました。

エメの症例あるいは自罰パラノイア

思いも寄らない結末

ジャック・ラカンによれば、マルグリットの回復は、殺人を試みたことに対する罰則から来るものだということです。その後も多少の被害妄想がぶり返すこともありましたが、暮らしが困難になるほどではありませんでした。彼女は二度と精神病院に戻ることはありませんでした。このことがラカンの論文の正しさを確約しています。

この話の中で驚きなのが、マルグリットの息子であるディディエが精神分析家になったことです。彼は自伝の中で、母親がこの病状のせいで深刻な孤独を経験したことを指摘しています。かの有名なエメの症例が自分の母親についてのものだとはつゆ知らず、彼はラカンのオフィスを訪れたのです。

エメの症例あるいは自罰パラノイア

エメの症例と自身の母親との間の類似性を疑問に思った彼は、この「エメ」が母親と同一人物であることを突き止めました。彼はこの事実を教えてくれなかったラカンを非難しました。

ディディエは母親の書いた小説を取り返そうとしましたが、失敗に終わります。彼は母親が書いたものを読めずじまいで終わりましたが、彼自身はのちに作家となり、全てが悪いわけではなかったと言えるかもしれません

Muñoz, P. D. (2003). La categoría clínica “paranoia de autocastigo”: una aproximación al estudio de su vigencia en la actualidad. Investig. psicol, 8(3), 109-121.