フョードル・ドストエフスキーの5つの名言

· 2018年10月27日

フョードル・ドストエフスキーは、嵐のような人生を送り、感性をそなえた奇才の持ち主で、真実の言葉を残しました。彼の作品には、その時代の人間性がうまく表現されています。

ドストエフスキーの母親は、彼が10代の頃結核で亡くなり、権威主義的であった父親は殺されています。後に、この気が狂うような体験から回復し、また、この体験が深く美しい作品を生み出すことになったのかもしれません。

「人は抽象的な推論と明確な体系を好み、歪んだ真実はないと思いがちで、論理的な構成を保つため、相反する証拠に対し目を閉じ耳をふさぐ」

-フョードル・ドストエフスキー-

フョードル・ドストエフスキーの残した偉大な言葉全てをここで紹介することはできません。非常に多くの言葉を残しており、その中でも世界や人生への姿勢が表された彼の言葉を紹介します。お楽しみください!

真実を語る、フョードル・ドストエフスキーの言葉

真実を語るほど難しいことはなく、お世辞を言うほど簡単なことはない。」これは、明白な事実です。しかし彼の時代、革命的な言葉でした。

鳥と少女

ドストエフスキーの住むロシアは、階級主義、権威主義、抑圧の中にありました。そのような状況で、真実を明かすことは、偽善的であり、犯罪にもなりかねませんでした

人生の半分

ドストエフスキーの言葉には、人生について熱く語ったものが多くあります。皮肉にも、彼の人生は死に囲まれたものでした。両親、妻、娘、兄を亡くしています。自身も死刑を宣告されますが、後に免れることになります。

そんな人生にまつわる名言がこちらです。「人生の前半で培った習慣により、人生の後半は決まる。」言葉通り、人生の前半で作り上げたものは、一生をともにすることになるのです。

倫理における相対性

倫理は、フョードル・ドストエフスキーの言葉に繰り返し出てくるテーマです。例えば「わたしは倫理に従うが、斧で人を殺すより、包囲された都市を爆破させる方が良いのがどうしても理解できない。

倫理

大変興味深く、深い言葉です。人を殺せば、「殺人犯」と呼ばれます。ところが、何千という人を殺せば、「英雄」と呼ばれます。個々単位での悪は拒まれますが、集団での損傷は称賛されます。殺人に模範があるのでしょうか?

失敗のあと

ドストエフスキーは、移り変わりの激しい人生を送りました。彼の人生において最大の試練となったのは、生まれたばかりの娘の死と二番目の妻の死でしょう。ひどく落ち込み、ギャンブルにはまります。それと同時に、この経験が彼の作品に影響を与えたのです。

苦悩とその結果が凝縮された言葉がこちらです。「失敗すると、すべてが無駄に思える。」失敗の後に感じる思いが表現されています。物事の見方が変わり、その意味を見失うのです。

痛みに学ぶ

ドストエフスキーは、痛みを知る人でした。それを拒むことはなく、そこから学んだのです。「痛みや苦悩は、知的で大きな心をもつ人につきものだ。偉大な人こそ、大きな悲しみを抱えると私は思う。

カギを持つ少年

痛みが人の感性を磨くと彼は言います。思考を深くします。苦悩は喜ばしいものではありませんが、良い面もあるのです。

フョードル・ドストエフスキーの作品を読んでみましょう。ただ時代を描写しただけでなく、人間性を追求したもので、価値あるものばかりです。逆境を乗り越え、それを芸術に変えたものが彼の作品なのです。