ヒポコンデリー:病気への恐怖が本物になる時

23 8月, 2020
ヒポコンデリーの主要な要素は病気への恐怖心であり、常に診断を受けようとすることが特徴的であるとはいえ、この障害の発展や強度、期間などに影響を与える、もっと心理的な側面との関連性が高い要因が存在しています。

ヒポコンデリー、あるいは病気不安症(DSM-5における名称)は、心理療法に訪れる患者の相談理由の中でも上位を占めます。この精神障害は、何らかの病気にかかることへの恐怖に関連する不安を継続的に抱き続けている人々を指すものです。

ヒポコンデリーの人々は、進行性で長期的に悪化していく病を心の底から恐れる傾向があります。例えばガン、エイズ、線維筋痛症などの病気です。しかし、より素早く深刻さが増していく心臓病や呼吸器疾患への恐怖を抱くヒポコンデリー患者も多くいます。

ヒポコンデリーの最大の特徴は、徐々に身体を蝕んでいくような病気への恐怖です。反対に、心臓発作や窒息などの即座に病状が悪化するような病を恐れるのは、どちらかというとパニック障害の人々によく見られます。しかしヒポコンデリーの人々が恐れている病気がどんなものであれ、その人の感情や感覚、そして行動は結局、長期的な目で見ると(心理学的な意味で)「本当に病を患っているような状態」にしてしまうのです。

ヒポコンデリー 病気への恐怖が本物になる

ヒポコンデリーの主要な要素は病気への恐怖心であり、常に診断を受けようとすることが特徴的であるとはいえ、この障害の発展や強度、期間などに影響を与える、もっと心理的な側面との関連性が高い要因が存在しています。

この記事では、自らの身体をコントロールしようと躍起になった結果としてヒポコンデリー患者の不合理な恐怖がどう現実化していくのかについて、そしてこういった人の不安への耐性の低さや恐怖心の制御力の低さについて説明していきます。

病気になることへの恐怖が実際の病気を引きつけてしまう理由

病気になることを恐れる人物がヒポコンデリーを進行させてしまうのには、いくつかの必須要因があります。病を恐れる恐怖を現実化させてしまう心理学的要因の中でも特徴的なのが、人間の身体の仕組みについて非現実的な期待や誤った先入観を抱いているという点でしょう。

ヒポコンデリーの進行を促進してしまう非現実的な期待、自己への要求、そして自分の体を支配したいというニーズ

身体が日々どのような感覚を得るべきかについて非現実的で根拠のない期待を持っていると、正常な身体感覚(筋肉の収縮やちょっとした痛み)であっても何らかの異常を示す警告サインかのように感じられてしまいます。

継続的な痛みや不快感が病気の兆候であることは事実だとはいえ(例えばもし毎日のように痛みを感じるのならばその痛みは事実なのでしょう。何らかの異常があるはずです)、病気になることへの不合理な恐怖を抱く人々はそういった兆候を病気の明白な現れと解釈してしまうのです。

身体に特定の感覚があるからといって「何か異常があるのだ」、「私は病気に違いない」などと考えてしまう心理パターンがある場合、病気になることへの恐怖は増大します。ヒポコンデリーは、身体とはこうでなければならないはずだ、という誤った思い込みがあると容易に悪化してしまうのです。このような考え方は、不快な身体感覚への耐性が低い人々に非常によく見られます。こういった人々は、自身の身体は常に同じ状態(新しい傷跡なしに)で、痛みはゼロで、全体的に「正常」でなければならないと信じ込んでいるのです。

ヒポコンデリー 病気への恐怖が本物になる時

身体に違和感を感じるのは正常なことであり、それが生きることの一部(私たちの身体は常に変化を繰り返す有機体なので)なのですが、それにあまりにも注意を払いすぎていると、不安な気持ちは増幅されていきます。これはゲートコントロール理論で説明することができ身体の感覚に注意を向けることでその感覚は増幅され、より強く、そしてより長く持続するようになることが科学的にも証明されています。したがって、ヒポコンデリーの治療を成功させるにあたっては、身体感覚から気をそらさせるためのテクニックがキーポイントとなります。

また、ヒポコンデリー患者には自らの身体への要求や不快感を消し去りたいという欲求の強さも見られるはずです。病気を恐れる気持ちや身体の違和感への耐性の弱さだけでなく、自身の身体への強い要求や支配力があって初めてその人物がヒポコンデリーであると判断することができます。

身体的に正常でいようとすればするほど精神的に病んでいく

不快な身体感覚への耐性が低く、身体にそれを感じるのをやめさせたいという要求や、自分の身に起こっていることをコントロールしたいという過度な思いがあると、その人物は結局精神的に病んでしまいます。何故ならば、2つのことに同時に神経を注ぐのは不可能だからです。何が痛んでいるのか、どれくらい痛いのか、そして自分は痛みによってどう影響を受けているのかを常に注視し続けても、それはただ身体の正常な機能の形という本来自分の手では制御不可能なものを操作しようとして時間を無駄にしているだけなのです。

ある身体感覚が強まると(彼らが熱心にその感覚に注意を払っているおかげで)、その人物はますます不安になり、医師に相談したりインターネットで自身の病状について調べようとし始めます。しかし、このネットでの情報探索行為は非常に危険です。この行為により、その人物は手にした情報を自身の健康状態を悪化させるような形で使用してしまいかねません。これは自己充足的予言としても知られています。

何の異常もないという診断(ヒポコンデリー患者には実際の病気はありません)を受けることで、一時的に安堵を得ることができます。しかしながら、これにより専門家の意見に依存し始めてしまう場合もあります。ヒポコンデリーを抱える人々を「病気の人」だと認定してしまうと、自分のことを(実際には事実ではないのに)病気なのだと見なしてしまうでしょう。

病気になることへの恐怖に適切に対処するには?

頭脳の力は非常に強力で、誤った道筋が自信満々で選ばれてしまうことがよくあります。専門家の意見を疑い、医師から異常は無いと言われているのに自分は病気なのだと思い込むような態度は、感情コントロールの方法として適切とは言えません。ヒポコンデリーを抱える人にとって、必死になって医学的根拠を探し求めることはただ自分自身を恐怖の中に追いやるだけだということに気付くことが必要不可欠です。たとえ自身の感じていることに確信を持っていたとしても、それは誤りなのだと認められるようにならねばなりません。

病気を恐れるのはいたって普通のことであり、適応のために必要なものです。この恐怖心は有用なものであり、安全策を講じるよう私たちに促してくれる役割があるのです。しかし、その症状に関するさらに深い情報を探し求める行為はこの恐怖への対処法として適切ではありません。まず第一に、全ての身体感覚をコントロールしようとするのはやめ、「病気の人」という役柄を離れられるようにしなくてはいけないのです。

そして次に、問題は実際の病気にあるのではなく、それに対する恐怖心への自らの抵抗力の低さにあることを理解する必要があります。この恐怖心は、和らげようとして何かを行う度に増大していきます。恐怖自体が問題なのではない、と悟ることが重要です。本当に問題なのはその人物の恐怖との向き合い方なのです。これこそがヒポコンデリーを悪化させている元凶だと言えます。

恐怖心と向き合うのは、ヒポコンデリーを制御する上で良い方法です。なぜヒポコンデリーが起こるのか、それに対して何ができるのかを調査し、それを受け入れられるよう努力するべきでしょう。病気になることへの恐れを含め、恐怖心全般をコントロールするためには心理学者に協力してもらうのが近道です。

この恐怖心に適切に対処できないでいると、精神疾患が生じてしまう可能性が極めて高くなってしまうでしょう。