怒りに対処するための仏教の知恵7選

2019年7月23日
人間にとって、怒りを感じてしまうことは避けられないことです。しかしその怒りがどんなものであり、何を象徴しているのかに気付けてさえいれば怒りに対処することは不可能ではないのだ、という仏教の教えがあります。

仏教徒たちは、怒りへの対処法を学ぶためには特別な訓練を受ける必要がある、と考えています。これを成し遂げるためには、特定の姿勢、そして美学を身につける必要があるのです。

怒りを感じることはいたって正常なことです。しかし、その対処法がわかっていない場合、他人を傷つけたり自分自身を傷つけてしまう恐れがあります。たった数分間の怒りが人生を丸ごと変えてしまう可能性があることを忘れないようにしてください。

“心が全てだ。あなたの思いこそ、あなた自身なのだ”

ブッダ

仏教では、瞑想が自制心や意識を高めるための方法です。また同様に、瞑想に加えて怒りへの対処法を学ぶのに役立ついくつかのカギが存在します。この記事ではその中から7つをご紹介していきます。

1. 怒りを受け入れることで、対処しやすくなる

仏教では、怒りに対処し始めるためのベストな方法は自らの怒りを受け入れることだ、と言われています。これは当たり前のことのように思えるかもしれませんが、怒りを隠そうとしてしまう人はたくさんいます。それは、彼らにとって怒りを感じることは恥ずべきことのように思えるからです。

感情には、良いも悪いもありません。重要なのは、自らの身に起こったことと感じたことにどう向き合うかということなのです。人間はあらゆる種類の感情を経験する生き物です。だからこそ、それらすべてを認識し、受け入れることが大切なのです。

怒りに対処する 仏教の知恵

2. 英雄になる

怒りを感じた時、衝動を爆発させてコントロールせずにいるだけだと、この感情の対処法を知っているとは言えません。英雄だけが、この怒りとの付き合い方をわかっているのです。彼らには、怒りを制御不能のまま放ってしまうことが新たな悪を生むと知っています。

英雄的行為とは、怒りに反応するのではなく辛抱強さを持つことです。同様に、怒りによって気をそらされてはなりません。言い換えると、自らの衝動に囚われるのではなく、これが過ぎ去るのを耐え忍ぶということです。どんな状況に対しても、知的に対応するためには自らに時間を与えてあげる必要があります。

3. 現実主義

怒りとは、人を危険にさらして心身の健康に脅威を与える感情です。敵であると言っても過言ではありません。しかし、怒りを制御せずに野放しにすることが自分自身を再確認するための手段である、という幻想を信じ込む傾向にある人も中には存在します。

このような幻想に気を取られてはなりません。また、それと同じ怒りによって、置かれた状況を過大解釈してしまうことにも繋がります。だからこそ現実的でい続けることが大切なのです。この状況、あるいはその人物は本当に自分に害を与えているのか?怒りに身を任せることが本当に解決につながるのか?現実的に考えるようにしましょう。

4. 観察すること

自分自身を観察することは、怒りへの対処に非常に役立ちます反応を起こす前に、一瞬立ち止まって自分の体の中で何が起こっているのかよく確認してみましょう。どの筋肉が収縮していますか?お腹はどう感じますか?呼吸に変化はありませんか?

また同様に、頭によぎる考えについても分析してみることが大切です。不愉快さを生み出す人物あるいは状況について考える代わりに、自分自身へと意識を集中させてみてください。この観察力こそが、冷静さを取り戻すために役に立つのです。

怒りに対処する 仏教の知恵

5. 敵から学ぶ

仏教では、自らの敵の世話を焼き、気にかけ、守ってやるべきだと教えられています。一見矛盾しているように思えるかもしれませんが、これは怒りに対処するためのかなり賢いやり方なのです。自分を怒らせている相手あるいは状況から果たしてどんなことを学べるのか、自分自身に問いかけてみましょう。

妥協を良しとする心意気が大切です。自分あるいは相手のどちらも絶対的に正しいということはありえないのです。また、全員が自分に賛成してくれるわけではない、ということを覚えておかねばなりません。自分と対極にあるものの背後にある原因を理解しようと努めましょう。絶対に何か学べることがあるはずです。

6. 死について考える

自らの価値観を変えてしまうような絶体絶命の経験をしたことがあるという人は多くいます。これは、こういった状況が、自らの命も含めて全てのものに終わりが来るのだ、という事実を残酷に思い起こさせるからです。だからこそ、無意味なものに人生の時間を割くのはもったいありません。

したがって、もしその日が自分の人生最後の日だとしたら、相手の人物あるいは状況にどれほどの意味があるか、と自分自身に問いかけてみるといいでしょう。その状況や感情、あるいは人物に対して残りの時間を割くことに価値があるのか考えてみてください。

7. 種を蒔く

仏教徒や常識的な考え方では、人は通常、自らが蒔いた種からその結果が得られると考えられています。従って、あなたには自分自身の苦しみに対する責任があるのです。破壊的行為をすれば、それが自分に返って来ることになります。同様に、暴力行為の連鎖を始めてしまえば、自らも遅かれ早かれその被害者となってしまうのです。

ですので、どう行動するかという点に注意しなければなりません。自らの幸福について考え、起こりうる結果に思いを巡らすようにしましょう。これは、怒りを感じているときには不可能です。なので、塾考できるようになるまで自分自身に対して少し時間を与えてやることが賢明でしょう。

ご紹介した怒りに対処するための仏教の知恵は、衝動的な行動はほぼいつもネガティブな結果を生むだけだ、ということを私たちに思いださせてくれます。頭脳が行動を管理するべきであり、その逆ではダメなのです。

Hanh, T. N. (2002). La ira: el dominio del fuego interior. Oniro.