幸福と恐怖:二つは共存する?

2019年12月10日
幸福と恐怖は共存することができます。しかし、恐怖の不在は平和の存在を意味します。日常の恐怖のほとんどは想像上のものです。恐怖が私たちを麻痺させ、鎖でつなぎ、制限し、自己防衛した小さな世界に閉じ込めてしまう可能性があります。

エドゥアルド・パンセットは、弁護士、経済学者、科学者であり、そして人気のある政治家でした。今回は、彼の最も明快で興味深い発言についてご紹介します。幸福とは恐怖がないことだという考えに加え、彼は美しさとは痛みがないことだと主張しました。それは事実でしょうか?

パンセットの発言は、現在の世界の現実を反映しています。たとえば、多くの人が追求する一般的なタイプの「幸福」がこれにあたります。気づいていないかもしれませんが、これは最近非常に人気のある言葉です。ただし、定義することも非常に困難です。これはおそらく、幸福を掴もうとする時に遭遇する最初の困難です。実際の幸福とは何なのかは実際のところわからないからです。

「幸福の最初の条件は、人間と自然とのつながりが壊れてはならないということです。」

-レフ・トルストイ-

成功や権力を得ることが幸福であると感じる人もいれば、愛情を通して幸福を追求する人もいます。失望感にうんざりしているため、他人にもはやそれを求めない人もいます。エドゥアルド・パンセットの「幸福とは恐怖のないことである」という発言は、私たちにはるかに現実的で深い視点を与えます。次で詳しく見ていきましょう。

幸福と恐怖

幸福 恐怖

たとえ大きな損失を負っていたとしても、自分が自分であり、自分が今手にしているものに満足している人に出会ったことがあるでしょう。また、それとは正反対の人物に出会ったこともあるかもしれません。つまり力、財産、多くの愛情を持っており、「成功」しているのに幸せでない人です。

ほとんどの文献が「幸福は私たちの中にある」と主張しているのにもかかわらず、それをあまりにも頻繁に忘れがちです。したがって、その逆を行います。つまり、幸福の基礎として外部刺激を絶えず探します。なぜなら、それさえ手に入れられればいつまでも幸せに暮らせると信じているからです。

外部刺激は、愛する人、目的、または特定の状況です。こういった自分ではコントロールできないものに私たちは身を任せてしまっているのです。また、満足して幸福を感じている時も、想像したほどパーフェクトではないと思う人が多くいます。

パンセットが「幸福とは恐怖のないことである」と言うとき、彼は2つのことを指摘しています:

  1. その幸せは私たち一人一人の中にあります。
  2. それは何かを持つことや得ることではなく、私たちを抑圧する感情を自分自身から取り除くことです。

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幸福があるところに恐怖は存在するのか?

パンセットは、相対的な意味での恐怖の欠如について語っています。恐れることは普通であるだけではなく、健康的でなことなのです。それは危険を警告し、それらに備える機会を与える感情だからです。しかし、そのような準備も行き過ぎることがあります。

実際には脅威ではない何かを、危険であると認識したときに起こります。なぜこれが起こるのでしょうか?一般に、それは教育によるものであると信じられていますが、まだ解決していない心理的な葛藤の結果である可能性もあります。

多くの場合、私たちは自分を抑圧し幸せになることを許可しない想像上の恐怖を抱いています。幸福を恐れてしまい、それを垣間見ると幸福から逃げ出すことさえあります。これは、恐れるあまり不必要に自分自身を制限するためです。痛みを恐れるがため、肯定的な経験さえ拒否してしまいます。

恐怖の根絶

幸福 恐怖

「幸福とは恐怖のないことである」と言う発言は正しかったと言えるでしょう。主に、想像上の恐怖から自分自身を解放することで、人生を最大限に生き抜く自由が得られます。自分の存在を表現できるようになり、自発的に制限を設けることを克服することができます。

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エドゥアルド・パンセットは、幸せになりたいのなら、まず自分の恐れを省みる必要があると主張します。あなたは正確に何を恐れているのでしょうか?なぜそれを恐れるのでしょうか?これらは自分自身に本当に正直なら答えることができる簡単な質問です。これらが恐れるべきことでないと認識する手助けになるかもしれません。

恐怖の欠如は内なる平和をもたらします。想像上の危険に基づいて自分の人生を決定するのをやめ、愚かな恐怖を置き換えなければなりません。そうすれば、あらゆる状況に対処する助けとなる平和な感情を感じるようになるでしょう。では、具体的にどうやって人生を台無しにする恐怖から逃れることができるのでしょうか?それはまた次回ご紹介しましょう。

  • Reguillo, R. (1998). Imaginarios globales, miedos locales: la construcción social del miedo en la ciudad. Ponencia presentada en el IV Encuentro de la Asociación Latinoamericana de Investigadores de la Comunicación. ALAIC.“Ciencias de la Comunicación: Identidades y Fronteras”. Universidad Católica de Pernambuco, Recife, Brasil, 11-16.