共感力の欠如を示す5つのサインとは?

29 10月, 2020
共感力の欠如は、人の生活や人間関係に大きな支障をきたしかねません。これは多くの人にとって大きな障壁であり、そういった共感力のない人々には利己的で偏見やステレオタイプ的思考にまみれているという特徴があることが多いのです。

共感力が欠如していると、他人との健全な関係性を維持することに大きな障壁が生まれる恐れがあります。「自己」と「他者」という概念はどちらも、互いに大きな影響力を持ち合い、補完し合って相手を定義し合っているというのが現実です。そのため、他人を理解する能力の不足は、自分自身を完全に理解できていないことを指し示している場合が多いのです。

私利私欲が強すぎる性質や様々な観点から物事を見ることができないという特性は、ネガティブで役に立たない行動に繋がってしまうことがよくあります。人間がその他の動物とは一線を画す存在となり、複雑で巨大な文明を創造することができたのは協力するという能力があったことが理由の一つです。しかし周囲の人々に共感することができないと、効果的な形で協力して何かに取り組むのが非常に困難になってしまいます。

共感力とは正確には何なのかを多くの人はほとんど理解できておらず、寛大さなどその他の特性と混同している場合が多いのです。したがって、共感力の欠如を指し示すサインについて少しお話ししておかねばなりません。この記事を読み進めて詳しく見ていきましょう!

“共感力とは、自らの意見を口にせずその場に存在するという能力のなかにある”

-マーシャル・ローゼンバーグ-

共感力 欠如 サイン

1. 自分自身を例に挙げてしまう

共感力の欠如はよく気づかれることなく見過ごされてしまいます。しかしその姿が露わになる場として典型的なのが、「アドバイスを伝える場面」です。例えば、何らかの問題を抱える相手から相談を受けた人の反応の仕方が、自身の人生で起こった似たような問題をその人自身が解決した時の話をする、というものだとしましょう。

あるいは、何かができなくて困っている人に対してその人物は、自身が同じような状況に遭遇した時に行なった善行を伝えるという反応をしたとします。これら全てが、この人物の共感力が欠如していることを示す明確なサインなのです。本当の共感力とは、状況を自分の視点からではなく相手の立場から見つめる力を意味します。

2. 気配りの不足

近年、いわゆる「sincericide」と呼ばれるものに遭遇することが珍しくなくなっています。世の中には、正直でいる自分、よく考えもせず不注意に考えを口にする自分を誇りに思っているような人々がいるのです。実質的に、他の人々に対して有害で失礼であるか、あるいはシンプルに思いやりがありません。

人間の意思疎通においては、自分が話している相手自体と、その相手との間の関係性というものが非常に重要になります。絶対に必要な場合以外には、言葉をあまりにも無遠慮に相手にぶつけるべきではありません。そうでないと、言語が自身の不快な思いを他人にまで押し付ける手段となってしまうのです。

3. ステレオタイプと偏見 − 共感力欠如のサイン

ステレオタイプ的思考とは、共感力とは正反対の位置にあるものです。他人の特性や資質を一般化し、過度に単純化するような傾向は、その人物の他人の人物像を見極める力が圧倒的に低いことを指し示しています。複数の物体に全く同じ特徴や機能が備わっている場合はあるかもしれませんが、人間に関してはそのようなことは当てはまりません。

偏見も似たようなメカニズムから、事実無根な一般化に基づいて生み出されます。つまり、偏見が抱かれ続けるのは知識や独立思考が欠如している場合のみなのです。しかし共感を示すためには不必要なレッテルに囚われ続けるのではなく、心を開いて相手の置かれた現実を理解しようとしなければなりません。

4. 共感力の欠如とゴシップを広げる行為

うわさ話をするという行為は、その人が他人を完全に軽視していることを示します。他の人々の個人的な生活を嗅ぎまわるような行いによって、プライバシーを尊重できない人間であることを自ら表明しているのです。好奇心からであれ羨望のためであれ、あるいは退屈を紛らわすためであれ、自分以外の人の情報を拡散するというのはその相手を搾取しているのと相違ありません。

ゴシップはまるで、鏡を使ったゲームのようです。私たち一人一人が、うわさを広めている当人の中に映し出された自らの姿を見ます。そこで目にした内容を参考に、私たちは他人が自分の弱みや過ちに気づいたとしたらどんな風に思われる可能性があるのかを推測するのです。実のところ、ゴシップはただ広める人の自尊心を高めるのと引き換えに他人の名誉を傷つけ、幼稚な利己心を満たすためだけの手段だということです。

共感力の欠如を示す五つのサインとは?

5. 功利主義

功利主義は、自分たちの目標を達成したり欲求を満たしたりするために他人を道具のように扱おうとする行動に現れる場合があります。また別のケースでは、集団や社会の目的を果たすに当たって役に立つ人物か否かを判断基準として、他人のことを偏った視点から評価するような行為としても出現します。

どちらのケースでも、こういった功利主義は共感力の欠如を示すサインです。この世に存在しているというシンプルな理由がある限り、全ての人には価値があり、尊厳があります。私たち全員が同じ種族の一部であり、全員が同レベルの尊敬と思いやりを他人から受ける資格を持つのです。それは、その人が刑務所にいようと入院していようと、あるいは貧しく暮らしていようと関係ありません。

以上の共感力欠如のサインは、単なるサインに過ぎません。全員が、ある程度は他人の考え方を認識し、理解し、そして受け入れる能力を持っているのです。他人を理解し、思いやりを示すことができるよう常に努力を続ければ、誰でも皆さらに共感力を高めることができます。これは周囲の人にとってだけでなく自分自身にも有益なことであり、それまで知らなかった世界への扉を開くことにも繋がるのです。

Moya-Albiol, L., Herrero, N., & Bernal, M. C. (2010). Bases neuronales de la empatía. Rev Neurol, 50(2), 89-100.