見方を変える:あなたは誰かにとって悪ですか?

26 1月, 2018

私達は時々、気づくことなく赤ずきんちゃんに出てくる「狼」のような悪者になっていることがあります。このような時は、自分の考え方を鍛える必要があるのです。理由を持って正直に、自分の価値観に従って真実を話すと、悪者扱いされる事があります。また、周りが考える自分達の「するべき事」をしなかった事でもそういった扱いをされます。そうやって自分の周りにいる人々を「良い人」と「悪い人」に分類するという罠にはまってしまうのは危険な事なのです。

ほとんどの人が気づかずにやっている行為があります。例えば、もし一人の子供が言う事を聞いて、落ち着きがあり、大人しいと、その子は「良い子」と決めつけます。しかし、もし子供に個性があって、言い返したり、落ち着きがなくすぐ怒るような子に対しては、「悪い子」だと深く考えることもなく決めつけるのです。

「物語はいつもナレーターや、物語を伝えられた周囲、そして、それがどのように受け取られるかによって色が付くのです。」

-ヨースタイン・ゴルデル-

人はよく、他人の期待によって自身に構築された考えに従って行動する事があります。適切で尊敬に値する「良い事」とは何かを決めつけてしまうのです。そのせいで、こういった考えの一部が「失敗」する時や、自分達の中にあるガイドラインの一部と違った時、人を軽率や有害、又は悪い人と分類するのです。

自分が誰かにとって狼のような悪者になることはよく起こります。しかし、多くのケースでは、その人がどういう人物なのかを分析する必要があるのです。

自分の「物語」を作る事は安心を与える

赤ずきんちゃんは従順な女の子です。森の中を行く彼女は、険しい道から離れてはいけない事を分かっています。そこにはルールがあり、彼女は教えられたような行動を取らなければいけません。しかし、狼が現れた時、彼女の考えは変わります。彼女は森の美しさや鳥の鳴き声、花の感触、新しい世界の広がった香りに魅了されます。そして、この物語で狼という存在は人間の野性的習性と直感を表すのです。

この比喩は間違いなく、私達が日々遭遇する多くを理解する助けになります。世間には物語序盤の赤ずきんちゃんのような柔軟でなく、ルールを破らない人間がいるのです。彼らはどのように人間関係が成り立つかを決めつけたり、良い友人とはこうあるべき、同僚はこういう行動を取るべき、などの考え持っています。彼らの脳は調和や平等のみに目を向けるようプログラムされおり、それは彼らの最も必要としている安心が得られる方法だからなのです。

話が間違った方向へ進む

しかし、誤った何かが発生した時、人は予期した事と違う反応や行動を取り、パニックに陥ります。そしてその人は急に脅威となり、ストレスを引き起こしてしまうのです。

反対意見はよく攻撃として受け取られます。異なる意見、拒否、予期していない決断は人を深く失望させ、人はそれを侮辱や嘲笑として捉えてしまうのです。

真実であるかないかに関係なく、どれだけなりたくなくても、私達は物語の「狼」にされてしまうのです。直感に従って反応する人の中には、脆い人間を攻撃する結果になる人もいるのです。

オオカミと赤ずきん

この物語には別の側面もあります。私達は赤ずきんちゃんのように、自分の物語を作り上げてしまうという誤った行動をとってしまうのです。どのように理想の家族や親友を持てばいいんだろうと、人は自分達の人生がどのようになるべきか描き、そのプランを作ります。想像するだけで楽しくなり、その考えは安心を与え、理想通りになるよう働きかけます。

しかし、この理想が理想で終わり、全てが崩壊していくと、狼という名の誰かはこの不可能に近い幻想を奪っていくのです。

あなたは物語において良い人ですか?悪い人ですか?

誰かの物語の中で、狼になる事は喜ばしいことではありません。そこには狼になる具体的な理由があるかもしれませんし、ないかもしれません。どんな状況でも、関係しているものにとっては良い存在と言えません。しかし、無視の出来ない非常に基本的な側面もあります。誰かの物語で悪者になる事が、自分の物語の中で良い者になる結果になることもある、ということです。幸せでない関係から抜け出せれたヒーローかも知れませんし、未来の無い物語にエンディングをもたらしたキャラクターになれるかも知れないのです。

「赤ずきんちゃんだけから話を聞くと狼はいつも悪者で終わる。」

童話に住む飼いならされた狼になってしまう前に、自分の勇気を奮い起こし、本能に耳を傾け、知性や尊敬を持って行動しましょう。自分の中の優先順位、必要性、価値観に基づいて行動することは悪いことではありません。それは単純に自分に素直になる事や、人生という森の中では良い事が必ずしも良い、悪い事が必ずしも悪いとは限らないことを知る事です。大事なのは、狼の毛皮をまとわず、どのように誠実さと一緒に向き合っていくかを知ることなのです。