三つの種類の欺瞞:擬態、嘘、ぺてん

2020年4月7日
欺瞞は様々な形で行われますが、これは人間に限った行動ではありません。このような振る舞いは動物にも見られるのです。

人類は生まれながらの嘘つきです。地球上には誰一人として人生のあらゆる局面で完全に正直でいられる人などいないと言っても過言ではありません。私たちは様々な種類の欺瞞を用います。そしてそれぞれの度合いや動機、もたらされる結果は異なるのです。

道徳はどんな形の欺瞞も否定しますが、これは間違いかもしれません。なぜなら嘘をつくことは人間の本質の一部であり、擬態や嘘、ぺてんの使用は状況次第では正当な場合もあるからです。

真実という概念にもまた、疑問が残ります。あらゆる事柄について絶対的な真実を確立するというのは困難なのです。また、何かについて信じ込んでおり、それが真実かどうか知らずに、あるいは理解せずに思い込みを続けてしまうこともあるでしょう。このように、道徳の相対性を指摘することも大切です。

“真実は、水面に浮かぶ油のように欺瞞の上に浮かび上がるのだ”

-ミゲル・デ・セルバンテス-

欺瞞 擬態 嘘 ぺてん

本質的に備わっている様々な種類の欺瞞

様々な種類の欺瞞を用いるのは人間だけではありません。自然界には、捕食者を騙すためにぺてんを活用したり、何かを得るために擬態行動を取る動物たちが数え切れないほど存在しています。彼らは欺瞞を生き残るための手段として使用しているのです。

動物は、捕食者の前で気づかれずにじっとしていなければならない時、擬態を使います。変装したり隠れたりするのも同じで、自分に害を与える可能性のある相手を騙すことが目的です。さらに、食べ物を盗んたりライバルを出し抜いて食べ物を手に入れようとしているときにも同じことが起こります。

人間も早い段階から同じような理由で嘘をつき始めます。これは自らの身を守るための動物的な本能の一部で、生存本能なのです。正直な心は学習によって身に付くものなのですが、それが全ての社会で同じであるというわけではありません。一部の社会では正直者でいることが平和な暮らしを作るための協定の一部となっていますし、その他の社会でも嘘をつくことは罪深いことだ、とされています。

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擬態

擬態はあらゆる種類の欺瞞の中でもあまり悪質とは見なされません。最もシンプルな形式では、何かの「ふりをする」という行動がこれに当たります。事実をある程度曲げるということです。そしてその他の形の欺瞞と同じように度合いも様々で夜のお出かけのために少し化粧をして自分の生活の見せたくない側面を隠すことから、新たな身分を装うことまで多岐に渡ります。

私たちはなぜ擬態を行うのでしょうか?その理由はたくさんあります。他人にアピールすることが目的の場合もあれば、生き残るための手段として行われることもあるのです。例えば、ライバルに対して自分が感じている恐怖を見せないように振る舞うことがあります。また、自分が病気であるかのように偽って利益を得ようとする人もいます。

嘘とぺてん

これらの欺瞞行為は同じように見えるかもしれませんが、いくつか大きな違いがあります。まず、嘘は言語表現に関連するものです。嘘は、ある事柄が事実でないと知りながらも「事実である」と発言することを指します。一方でぺてんの概念はより広く、言葉を使って誰かを騙す場合もあれば、行動によって騙したり、事実を包み隠すような状況を作り出して人を欺くことも含まれるのです。ぺてんはシンプルなものであれ精巧なものであれ、騙しの計画全体を含む概念です。このケースでは、自覚を促すようなプロセスも存在しています。

人間界では擬態や嘘、そしてぺてんが非常に精巧なものになり得ますが、これらの行動を道徳的に悪い行いにしているのは何なのでしょうか?それは、その動機と目的です。

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数年前、コロンビアでゲリラに対する襲撃が行われましたが、ここでは偽装や嘘、擬態などを用いて人質を解放することに成功しました。この人質解放手順は”道徳的に悪い”と言えるでしょうか?皆さんの日々の生活でも、おそらく同じような疑問を自問する場面があるはずです。

擬態や嘘、そしてぺてんが常に道徳的に間違っているというわけではありません。その動機と目的が道徳性を左右するのです。いずれにしても、道徳的な懸念から一生懸命正直でいようと務めるよりも、これらを上手く利用してみた方が多くの利益を得られることは確実でしょう。

Giráldez, S. L. (2005). Simulación, engaño y mentira. Papeles del psicólogo, 26(92), 57-58.