ナルシシズムの様々な側面

· 2019年3月10日

自分を大事にする方法、高い自尊心を持つことは重要です。しかし、自己陶酔的な人は、心の奥底でかなり不安を抱いているのに、とても自信があるように見せます本記事では、ナルシシズムの様々な面を明らかにして、自分自身の中にも他人の中にもその特性を特定できるようにしていきましょう。

自己陶酔的な人の主な特徴は、エゴが大きすぎて他人への余地を残していないということです。他人の目にはうぬぼれにうつります。他人からの尊敬だけを求めて、自分の功績を強調します。そうすることで、他人にすごいと思ってもらいたいのです。

自己陶酔的な人は、他人を餌にします。誰も自分のことを尊敬しなかったり、自分の言いたいことを聞いてくれるような観客がいなかったら、こういった人の力は減少します。すると、自分の恐れていた自尊心の欠落に直面することになります。ナルシシズムの様々な仮面は、この瞬間を回避するために利用されていると言えるのです。

 

海辺
脆弱な自己陶酔者

ナルシシズムは様々な面を持ちます。しかし、まず初めに他人の前では敏感な仮面をかぶる自己陶酔者を見ていきましょう。だまされないでください。この仮面の裏には恐怖と他人を操作しようとする試みが存在します。

  • 依存的自己陶酔者:捨てられることの恐怖によって、空っぽに感じます。感情的な欲求は、関係が発展するにつれて増加していきます。さらに、操作の技を使って、他人に捨てられることを阻止します。注目の的になりたくて、特に誰かに愛されている必要があります。
  • 苦しみの自己陶酔者: 支援と注目を正当化するために痛みを利用します。こういった人を完全に満足させることは不可能です。彼らが必要とする「欲求」を満たしていないことに罪悪感を抱かせて、他人を自分に縛り付けます。

お分かりいただけると思いますが、こういったタイプの自己陶酔者は、埋めることができないような空虚感を抱えています注目を浴びたり他人からの感謝を得たりするために操作に頼ります。こういった人たちは、常に破滅的で害のある人間関係を築きます。

「憎悪は恐怖の一部で、自己陶酔者は恐れられることを好む。こうすることで彼らに全能の感覚を抱かせてしまう。」

-サム・ヴァクニン-

敵意のある自己陶酔者

上記で説明した自己陶酔者は、注目を浴びるために弱さを利用します。敵意のある自己陶酔者は、これとはまた違う方法を利用してきます。それでは、様々なタイプの敵意ある自己陶酔者を見ていきましょう。

叫び

  • 執念深い自己陶酔者:他人を見下して自分の方が優れていると感じるために嘘と中傷を利用します。その為、自分の対抗馬と思われる人の自尊心を馬鹿にして破壊します。
  • 偽りの自己陶酔者:はじめは良い人のようにふるまいますが、それはただの表面的なものです。優しい表情は、他人を利用するために彼らが利用する武器です。
  • 攻撃的自己陶酔者:周りにいる人を破壊するために言葉を利用します。他人が口にすることすべてを個人的な攻撃とみなします。こういった人の怒りを鎮めるには、褒めるしかありません。
  • 暴君的自己陶酔者:相手を支配せずに人間関係を築くことは出来ません。こういった人たちは、自分は誰よりも優れていると考えています。周りの人みんなを見下して、彼らを「物」として認識しだします。さらに、虐待的なレベルまで他人を支配してしまいます

 

ナルシシズムの様々な側面

自分の像を異常に気にする自己陶酔者もいます。ソーシャルメディアや見た目をほめる他人からのコメントは、彼らの自己陶酔度を高めるだけです。さらに、自分のイメージがあるため、どんなものも手に入れることができると思い始めます。例えば、仕事や恋人です。

自分を救世主であると思い込んで、何をすべきかどうすべきかを他人に指図する自己陶酔者もいます。これによって、優越感の感覚が高まります(少なくとも自分の劣等感には効果的です)。助けを必要としていないときに、他人を「助け」ます。しかし、こういった人は他人におせっかいをして、あとで自分が利用できるように行っているだけです。

最後に、功績や成功に対してうそをつくことが好きな人もいます。彼らは、出来るだけ他人に尊敬されたいと思っています。周りの人がその嘘を見抜くと、もう尊敬されなくなります。それが起こると、自己陶酔者はグループを去って、自分に感心してくれそうな新しいグループに入ります。

マスク

お分かりいただけると思いますが、ナルシシズムの様々な面を特定できることが重要です。こういった人は内面的に苦しんでいるかもしれませんが、他人をより苦しめます。慎重にいて、このような人を特定する方法を知っていることが不可欠です。

そのような人を変えようとしたり、セラピストに行かせようとするのはあまり意味のないことです。自己陶酔者は自分が間違っていることを認めません。自分が間違っていると思っていないからです。他人は間違うかもしれませんが、自分は間違わないと思っています。さらに、被害者を装って、「かわいそうな自分。みんな私より輝こうとしている。」などと思います。

「愛せる人は謙虚だ。愛する人は、言うならば自己愛の一部を賭けている。」

-ジークムント・フロイト-