人間の暴力:なぜ根絶することができないのか?

26 10月, 2019
人間の暴力は本質的なもので、どの社会やコミュニティーにおいても脅威になりえます。暴力と悪意の根源についての理論の中でも、とくに優れたものをこの記事でご紹介します。

人権の目的は、人間として生まれながらにして備え持った基本的で奪うことのできない権利を守ることになります。尊厳、自由、そして幸福の追求を保証するものであります。しかし、このような権利も、戦争や人間による暴力が蔓延すると、きちんと施行されずにいるのが現状です。誰かに侵害されたり、傷つけられたり、痛めつけられたりせず、安全を確保するというのは大変難しいことです

ヘーゲルの「歴史の理論」では、命題と反対命題の論理は、今日「綜合(そうごう)」と呼ばれる状態によって生かされるとしています。綜合によってお互いの均衡を保てることができます。しかし、ヘーゲルは、「歴史の理論」でも「マスタースレーブ弁証法」においても、楽天的であったのではないでしょうか?

歴史については、悪いことが繰り返されると仮定しても過言ではないでしょう。現在の状態から、過去と今起きていることをを通して、経験を元に未来を予想することができてしまうということです。

創世記の本をみても、アブラハム宗教の神が地上の楽園から人間を追放する際、暴力を使ったとされています。それも禁じられた知識を手に入れてしまったからです。これからわかるように、知識とは神だけが所有できるものでした。しかし、イヴは善悪の知識の木の実を食べてしまいます。その後は痛みと暴力が蔓延します。それは兄弟であるカインとアベルに起こる謎の悲劇を通して、知ることができます。所有と権力に対する欲望(カインが所有を象徴し、アベルが純粋さを象徴しています。)が原因です。

支配と死の欲動の精神

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間違いを恐れることなく、所有の欲望は、支配の欲望にすぎないと言い切ることができるでしょう。欲しいものを手に入れることができないと、別の場所で探そうとします。この時、人間は別の何かを手に入れないと気がすまないのです。また、それは掴み取り、しがみ付くことでしか手に入れることができません。

この、所有に対する欲求が人間を暴力、そして殺人にまで至らせるのです。フロイトがこれを「死の欲動」として概念化しています。所有の欲求は、他者が持つものを手に入れるが為に、相手を支配することと同じです。もし、支配者が欲しがっている物を手渡すことを拒否すれば、暴力の結果命を失うこととなります。

またはニーチェはこう述べました。「生があるところには権力に対する欲求がある。最強の人間も、さらなる権力を手に入れる為には、命も惜しまない。これは、権力に対する欲求が、生存に対する欲求よりも大きいことを示している」これは、所持しているものを守るためには、支配を拡大しなければならないという考えを指摘したものです。

暴力の世界で誰が勝利するのか

アドルフ・ヒトラーにとっては、ドイツのみが文化と権力を持った国でした。当時のドイツには権力に対する欲求と、唯一の支配者がいたのです。結局のところ、どの国もドイツが持っているものを所有していませんでした。そういった状況から、彼は国の拡大、そしてそれには殺害が必要であると考えたのです。

先ほども述べたように、何かが本当に欲しい時、それを所有する誰かを支配しなくてはなりません。この場合、ヘーゲルが仮定したように、死を恐れない者が勝利します。

何かを所有したいという欲求は、精神的なものであり、それがゆえにモチベーションが高まります。しかし、死への恐れは、肉体的なもので、人間をただの哺乳類の動物にしてしまうものです。それに対して闘いを選ぶ者は、考えることができる人間としての状態を保持し続けることができます。

世界はそのような所有したいという考えから、戦争や、メディアの力で世界を制服する必要性にかられるのでしょう。また、人々が恐怖におののいていると、世界を支配しやすく、恐れている人は、反逆しようとはしません。

「若者を支配する者は、単独で未来を支配することができる」

―アドルフ・ヒトラー―

人間の暴力と、権力への野望

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ニーチェにとって、権力への欲望は人間社会に広がっており、これはポジティブで欠かせないものであるとしました。権力への欲望は、人間を仕事という世界ではなく、生きるという世界に誘うものだからです。人間という生き物は、自分が好きであっても、自分が持っている物で満足できず、何かを欲してその為に戦う生き物です。

ですから、すでに持っている物と、自分が手に入れたい物の間で対立が起こるのです。また主人と奴隷の関係性もそうでしょう。奴隷は死を恐れるがゆえに、言いなりになり、なんでもない存在になってしまいます。恐れることがなく、欲する物があり、他者を傷つけることを恐れずに戦える者だけが、人間としての尊厳を得る結果となってしまいます。

この人間の暴力に関する理論は、過去、現在、そして未来に存在し続けるでしょう。幸か不幸か、これは人間が生まれ持っているもので、自然の一部なのですから。

 

  • De Zan, J. 2009: La Filosofía social y política de Hegel. Buenos Aires: Ediciones del Signo.