親が亡くなるとき:子どもに起こりえる最悪の事態

2018年6月20日 in 心理学 0 シェア済み
雪の中にたたずむ子供
「もうすぐ9歳という時父親を亡くしました。父の深い愛に溢れた声を忘れたことはありません。わたしはよく父親に似ているといわれます。しかし、わたしと父には1つ違いがあります。父は楽観的な人だったんです。」
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こう話しているのは、Rafael Narbonaさんです。幼い時に父を失いました。これは彼の人生に一生残る出来事です。これは、子どもにとって親が亡くなることは最悪の事態になりえるという証です。

幼少時代、子どもは親と特別な絆を築きます。多くの場合、これらの絆はポジティブで無条件です。親のお陰で、子どもは自分たちの未来の関係を形成するための最初のコンタクトを経験します。サポートやお手本としての役割で、親はまだ子供にとって未知の小道を晴らすのを手伝ってくれます…. 覚えていておいてください。子どもは、人生というゲームのルーキーです。幼い時に親を亡くすと、深く影響を受ける大きな痛手となり得ます。

なんでわたしなの?もし親が死ななかったらどうなってた?今のわたしの人生になんていうだろう?わたしの決断を誇らしく思うだろうか?これらの疑問には、正しい答えも間違った答えもありません。しかし、多くの場合これらの疑問は一生付きまといます。

「心の中で、父親がもう自分と公園を歩き回ることができないという風に考えることができないんです。」
-Rafael Narbona-

親の死は一生の傷を残す – 傷痕であれ生傷であれ

Rafael Narbonaさんは、心臓発作で8歳の時に父親を亡くしたことがどれだけ辛かったか、今でも感じることがあります。この予期せぬ事態を理解できないことで、「なぜ自分なのか?」という疑問を自分自身に問いかけるようになります。他の子どもたちと人生を楽しんでいるべき時に、孤独を選びました。

大人の視点から見れば、子どもなんてすぐ物事を忘れてしまうと思うかもしれません。しかし、重要な人生の出来事ではそうとは限りません。子どもは、起こるすべてのことをかなりの強烈さで経験します。各出来事が残す印象は、消すことがとても難しいのです。悲しみの瞬間。他の子が親と一緒にいるのを見たとき。死の新しい未知で辛い現実を否定することは、一生引きずることもあります。

アップ

親の死は、いくつかの段階に分かれた悲しみのプロセスを引き起こします。どれくらい続くかは人によって異なります。はじめの怒り、憤怒、否定のあとには、悲しみと受容が訪れます。Rafael Narbonaさんの場合は、怒りが消えるまで大分かかりました。思春期には特に激し怒りを感じました。

子どもにとって、生きているものはいつか死んで二度と戻っては来ないということを理解するのはとても難しいことです。
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権力者に反抗したり、門限を守らなかったりすることは、教育不足ということを示すわけではないときがあります。それは、その人の内に住まうひどい痛みを示していることがあるからです。これは自身の内なる世界で否定している何かに対する不満の表し方です。

悲しみは平和な懐かしさに変わる

他の親を亡くした多くの子どものように、Narbonaさんは、怒りとしてあらわれていた世界との対立状態から変わりました。 父親のような、教授、ジャーナリスト、作家になったのです。痛みの中で、父親を理想化して、父親の足跡をたどろうと決めるターニングポイントにたどり着きました。しかし、悲しみは残りました。ヒーリングのプロセスを経験し、それを通して父を不完全ではあるけど、もっとリアルな人として見るようになりました。

ガラスに手を置く子

親が亡くなると、子どもは理想化したイメージに固執する傾向にあります。そして愛するものを奪った世界に反抗します。深く根を張った思いから、親の足跡をたどることがあります。亡くなった人の代わりを見つけたいという思いではなく、その人を近くに感じたいという思いからです。しかし、それでも家族を奪った世界に対する深い悲しみや恨みは残ります。

家族は互いの悲しみを隠すべきではありません。悲しみのプロセスで子どもも巻き込むほうがポジディブです。
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幼い時に親を亡くした子供はひどく苦しみます。そのため、感情を表現させ、そのことやどう感じるか話をさせてあげることが重要です。そうすることで、意味や目的なく内面に感情を停滞させてしまうことを防ぎます。そうでなければ、大人になってからこのような感情が現れてしまいます。さらに、より強く大きな怒りで現れます。この時点では、子どもを助けであげることが難しくなります。

悩む子

起こることを避けることはできません。しかし、耐えた衝撃の数だけ強さを得ますこれは、学び強くなるチャンスです。自分のペースで成熟していきましょう。人生は決して自分に背を向けていない、単にそういうものなのだと気づくことです。ランダムで気まぐれなのです。最終的には、受け入れることで悲しみと失った親への恋しさは、平和的なノスタルジアに変わります。

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