セクシュアリティとは、人生を通して付き合っていくもの

2019年8月28日
セクシュアリティは、成人期に限ったものではありません。人生を通して続くものなのです。数多くの性に関する概念と同様に、これもまた、基本的な意味が失われてしまうほど時間をかけて形を変えてきました。セクシュアリティについて深く考えることによって、なぜこれが人間に生得的に備わっているのかが分かるかもしれません。

セクシュアリティを、”オトナのものだ”と考える人々は多くいます。確かに成人期に発現するものではあるのですが、kこれは人生の中のその時期にのみ限ったものではないのです。そうではなく、セクシュアリティは人生の各段階を通して継続するものです。

セクシュアリティの定義をご存知の方には理解しやすいかもしれません。性に関する用語は広く用いられていますが、同時に、これらはなんども意味が変わってきています。だからこそ、まさに”性”という概念のように、深く考える必要性が出てきてしまうのです。

セクシュアリティとは何か、そして何がセクシュアリティではないのか?

セクシュアリティとは、性的指向の同義語ではありません多くの人がこれら二つの用語を混同してしまう傾向にあります。実際、セクシュアリティという言葉は、エロティックな欲求に関する性的指向を指すときに使われることが多いのです。

しかし、性的指向というのは選択肢ではありません。もし選択肢だったとしたら、つまり一つを選ばなくてはならないということになります。しかしもちろん、性的指向をただ”選ぶ”というのは不可能です。さらに、これは条件を指す言葉でもありません、なぜなら性的指向が何かを条件づけることはないからです。

セクシュアリティ 人生を通して付き合っていくもの

セクシュアリティとは、概念としては、人々が性的欲求を表す方法のことです。基本的には男性と女性がどのように男性として、あるいは女性として感じ、生きるかの表明のことを指します。

性自認に関しては、人間にはジェンダーとセックスが存在します。男性としてのあり方は無限に(この世にいる男性の数だけ)存在しますし、同じことが女性にも言えます。ですから、セクシュアリティとは、その人が自分自身をどう性的に表明するかという定義なのです。

セクシュアリティとジェンダー

理論的には、性科学がこの用語そしてその他多数の概念を形成する役割を果たしています。性科学がこれらの用語を首尾一貫した、正確なものとして保っているのです。だからこそセクシュアリティは、その他の”セックス”という言葉から派生した用語と同様に、多くの人が考えるように性的関係に直接関連している訳ではないのです。

セクシュアリティは、実際にはもっと別の概念である、ジェンダーに結びついています。これは、自らを男性、女性、あるいはその他の性別として定義したり再定義したりする現在進行形のプロセスです。これは誕生前から始まっており、死ぬまで続いていくのです。

ジェンダーは生物学的プロセスに限ったことではなく、伝記的なものです。これは、人物をその人ならではのやり方で、その人だけの特異性のある性的存在足らしめているあらゆるタイプの影響に左右されます。

従って、一つのジェンダーを持っているという事実だけで、ジェンダーとセクシュアリティがもうその人の存在全体の一部となっているということになるのです。そしてこれはつまり、ジェンダーもセクシュアリティも一生涯続くものだということを意味しています。

幼少期および老年期のセクシュアリティ

この概念が一般に思われているものとは異なるということを念頭に置きながら、さらに詳しく見ていきましょう。

人は生涯を通じてジェンダーと付き合っていくということはもうお分りいただけましたが、これは人生の各段階に応じて変化する可能性があるということも覚えておいてください。

普通、幼少期や老年期にはセクシュアリティを見出す人はいません。これには、様々な理由がありますが、一つ共通しているのが、無知だからというものです。この概念が意味するものを真に理解しているなら、幼少期あるいは老年期のセクシュアリティを無視してしまうのはナンセンスです。

セクシュアリティ 人生を通して付き合っていくもの

老年期のセクシュアリティ

老年期のセクシュアリティは、とても美しい表現方法となるでしょう。それは、高齢の男女の方が人生の賢い視点からこれを経験することができるからです。しかしこれが、我々の社会の文化的考え方のせいで無視されてしまうというのも事実です。

西洋社会では、高齢者の存在意義やセクシュアリティ、彼らへの敬意といった点では改善すべき点が多く残っています。おそらく、他の文化圏を観察し、彼らが人生のこの段階についてどう捉えているのかを参考にすることで、この考え方を良い方に変えることができるでしょう。

幼少期のセクシュアリティ

一方で、幼少期のセクシュアリティもまた美しいものです。しかしその理由は先ほどとは異なります。高齢者がこれを経験豊富な視点から見ることができるのに対して、子どもたちは、自分たちのセクシュアリティを無邪気さと探究心という文脈で発達させることができるのです。

最も美しい側面は、この年代では、まだいかなる社会的な影響にも実質的に毒されていないという点です。実際、子どもたちはタブーやフィルター無しに自分たちを表現しますし、周囲の世界への好奇心が旺盛です。

セクシュアリティやその他多数の概念にまつわるステレオタイプやタブーを終わらせるためには、これらの概念を理解し、詳しく分析することが不可欠でしょう。

絶対的に必要なのが、性教育を改善することです。こうすることで、社会は人間の性的表明を恥ずかしいものではなくすることができるでしょう。また、セクシュアリティとは一生涯付き合っていくものだということを人々に理解してもらう手助けにもなります。