他人について話すときにわかる自分のこと

· 2019年4月7日

他人に対する話し方で自分が定義されます。自分の周りの人にレッテルを貼ったり、非難したり、価値をつけたりする方法で、自分の性格の一端が見えてくるはずです。目に見えにくいものですが、はっきりと自分の性格や自尊心を表わすものです。間違いなく日々の生活の中で見ることができます。さらに、わたしたちは自分の性格に対して他人に誤った認識をされると苦しむということも覚えておいてください。

認めましょう。誰だって、日々関わる人に対し判断をしてしまうことがあります。これは、自分の環境を制御して、どんなことが起こりえるかを推測するのに役立つからです。これは自然なことで、自分の生き残りを保証する目的で行われる扁桃体の調節機能なのです。

「思慮深く話すことは雄弁さ以上のものであり。自分が扱っている人と快く話すことは、良い言葉で礼儀正しく話す以上のものである。」

-フランシス・ベーコン-

実際、ニューヨークの心理大学によって行われ『Journal of Neuroscience(神経科学誌)』に発表された面白い研究によれば、この小さな脳の構造が、自分にとって誰かが面白いか、避けるべきかを一瞬で判断します。小さな違いはあるものの、第一印象というのは脳にかなり左右されます。

脳が誰かを信頼すべきかしないべきか素早く判断を下すとき、私たちの性格が出てきます。私たちの性格は、最初の判断が正しいかどうかを見極めて、その人に近づくべきか避けるべきかを決定します。性格によって、不信感や自信を生み出した人に対して、軽蔑的あるいはポジティブな感情を抱きます。本質的に、性格は他人を扱う方法を統合し、調停し、決定します。

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他人をどう見るかで本当の自分が明らかになる

中国の言い伝えでは、自分の言葉の重さだけで他人をつぶしてしまうことすらできると言います。これはかなり正しい見解です。わたしたちが発する言葉が多くの損害を生み出し、大混乱を導き出してしまうことがあることには、疑う余地もありません。多くの人が様々な文脈でこのようなことを日々目にしているでしょう。仕事場、家、友人間などです。

社交のプロセスの一部として、他人とコミュニケーションを取ります。このようなつながりの中は、優しく正しくあるべきです。しかし、非難、レッテル、侮辱の悪習慣にわたしたちはかなり冒されています。多くの人が、ネガティブなことを他人のせいにします。毎日行うエクササイズかの如く、自然に行われてしまっています。

「言葉にすることに自分が表れる。」これは、ノースカロライナのウェイク・フォレスト大学のノスコウロンスキー教授の言葉です。教授は性格様式や属性の研究を行っています。結果はかなり明確です。あなたが他人をどう説明するかがあなた自身を定義づけます。 まさに、「言葉にすることに自分が表れる」ということです。自分の周りにいる人に投影していることこそ、自分なのです。

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軽蔑的なレッテルという暗いレンズ

物事を見たくないと思う人もいます。近視な上に暗い色の入った眼鏡をかけている人は、みんなに不信感を抱く方が安全だと感じられる、ぼやけた世界を歩いているようなものです。こういった人は、ステレオタイプに流されてしまいます。自分と同じように考えたり、感じたり、見たりしない人をけなし、あざけり、非難します。

あなたの他人の説明の仕方があなたの性格を示唆するのであれば、常にネガティブで批判的なレッテルを使用する人は、自分の内面の空虚感と自尊心の欠落を表わしていることになります。あとにはいらだちと不満しか残りません。

ポジティブなバラ色のメガネ

ウェイク・フォレスト大学の研究で、研究者たちはとても驚くべき発見をしました。あまり人を判断しない人は、より高い友好能力を見せます。もっとポジティブで、楽観的で、自尊心が高い人は、始めの判断に惑わされずに、親密な関係を築くことを好みます。

レッテルや意味のない介入を忘れることができたとき、健全な絆や人間関係を周りの人と築くことができます。あまり偏見のない、もっと強固な関係と敬意溢れる環境を築くことができるようになります。

不信感や偏見なく他人を見れるようになると、知らず知らずのうちに、ステレオタイプ化や分類化から解放されて周りの人とよりよい相乗効果を生み出すようになります。

メガネ

色の影ったメガネを使いすぎることを避けましょう。人は自分を守るためにそのようなものを使いますが、フィルターを取り除いて出来るだけ自分の視野を広げるべきです。目覚めや好奇心旺盛で謙虚な展望は、自分で視界を暗くすることに慣れきってる目で見れる以上のものをとらえてくれます。