うつ病を予防する3つの習慣

· 2017年12月16日

うつ病やその症状がどのように表れるのか、そしてどのように対処するのかについて多くが語られています。にも関わらず、鬱のある重要不可欠な側面について、十分な強調がされていません。それは、鬱は予防できるということです。実は鬱を予防できる習慣が存在するのです。

鬱が世界中で増加している事は誰もが知っていることです。この主張を裏付ける研究は何百とあります。事実、多くの人がそうした現象がまるで極普通であるかのように話すような事にすらなっています。人は「朝起きたら、憂鬱だった」と言い、ただそれだけで終わります。まるでそれが注目に値するものではないかのようです。

家庭での一般的な話題となっていますが、多くの人は悲しみと鬱の違いについてあまりよく分かっていません。後者は普通の状態ではなく、長期間の間続くものであり、克服するには時宜を得た対策が必要です。悲しみは気持ちであり、鬱は病です。そしてどんな病でもそうであるように、適切な処置を時間内に取ることができれば、鬱は発病を予防することが可能なのです。

鬱を予防するために自分の感情を認識しよう

人はよく自分の感情を不正確に説明します。これは言語の問題なのではなく、思考の問題です。私達の多くは自分が本当は何を感じているのかを認識し、定義する努力を十分にしていないのです。

瓶の中のハート

本当のところ、感情に名前をつけ定義をすることは簡単なことではありません。それは継続的な努力をもって達成できることです。それぞれの感情の性質を明確にするために、それらを書き起こして説明しようと試みることが役に立ちます。怒っているのか、欲求不満を感じているのか?幸せなのか、それとも至福感と説明する方がよいのか?時にその違いは微妙で関連性があることもあります。

自分の感情を認識することを学べば、鬱の予防への大きな一歩を踏み出せることになります。認識することで頭の中で順序を確立することができるのです。その結果、より簡単に問題を理解し、解決法を視覚化することができるようになるのです。

共感力を高めよう

鬱の予防への鍵となる要因の一つは共感力を育むことです。それは他人の気持ちを理解し、彼らの立場になることができる能力です。これにより、他人の観点から現実を理解できるようになります。誰かが違った状況にいる場合、違った興味を持っている場合、そして違った思考の影響下にある場合といった風にです。

女性の影に映る雲

なぜ共感力が鬱を予防するのに役立つのでしょうか?他人を理解するという行いは自分自身に対する思いやりの心をも高めます。自分だけの頭から脱し、世界を他の観点から見ることができるようにしてくれるのです。そして、もちろん、それは他人との関係をずっと楽なものにします。

共感力の高い人は孤独さが低く、柔軟性が高い人です。これは、彼らにはより耐性があり、結果として、あまり気難しくない人だということも意味します。共感力がよく発達した人は鬱の魔の手に落ちにくいと言えるのです。

自己肯定的なコミュニケーション法を学ぼう

コミュニケーションの仕方が世間との関わり方を決めます。誰かが何を考え、何を感じているかは、相手のコミュニケーションの仕方を見る以外に知る術がありません。それはジェスチャーかもしれませんし、言葉かもしれませんし、あるいは沈黙ですらあるかもしれません。芸術的な表現もまた別のコミュニケーションの形です。つまり、人間は常にコミュニケーションをとっているのです。

思考のコミュニケーション

あなたが築く絆の質は、たとえ意図しない形であったとしても、あなたが何を伝えているかにかかっています。言いたいことがあるのに黙ったままでいることは、理解ではなく混乱という結果を招くでしょう。言い方を考えずに言いたいことを言ってしまうと、あなたが本当に伝えたいメッセージは伝わらず、あなたの粗野で攻撃的な部分に対しての反応を招くことになります。

自己肯定的なコミュニケーションは、自分の考えや気持ちを他人が本当に理解できる形で表現することと関係があるのです。これを成し遂げるには定期的な訓練が必要です。また、他人の理解を常にコントロールできるわけでもありません。しかしながら、分かりやすく、落ち着いて、時宜にかなった形でコミュニケーションを取らなければならないのです。そうすれば、あなたのことを理解してもらえる見込みは高くなるでしょう。

自分の感情を認識すること、共感力、自己肯定的なコミュニケーションはお互いに密接に関係しています。これら3つの能力は鬱の予防に圧倒的に貢献します。これらの能力はおのずと現れてはくれません。あなたが磨かなければならないスキルです。それは全く簡単なことではありませんが、する価値のあることです。あなたの努力はより良いメンタルヘルスと生活の質に反映されることでしょう。