“私を許して”:関係性を変化させる魔法の言葉

2020年2月5日
一部の人々は、「許してください」や「ごめんなさい」という言葉の代わりに言い訳を言ってしまう傾向があります。こういった人々は、心の知能指数の低さをさらけ出しているだけでなく、誤解を解消し、関係性を修復する"許し"の持つ本質的な力を無視してしまっているのです。

「私を許して」というのは、単なる使い古された言葉ではありません。実は、これはどんな人間関係をも円滑に進めることに繋がる魔法の材料のようなものなのです。ガンディーはかつて、許しを請うことは強い人間が持つ特徴だ、とよく口にしていました。これは、この言葉を声に出して発するためには多大な勇気や恥ずかしさ、そして強さを必要とするためです。人前で自らが過ちを犯したり、何か悪事のようなものを働いたことを認めることになるからです。

実際のところは、一般的に私たちにはこのような能力が深刻に欠如しています。許しを求めるという行為をもっと深刻な状況と関連づけて考えてしまいがちなのです。そのような状況とは、傷を修復したり何かに区切りをつけて前に進むために許しの言葉を発する必要性のあるような状況です。しかし、どう許しを請うべきかを知っておくことは、私たちが日々の生活においてもっと頻繁に実践しなければならないことなのです。

日常生活で許しを請うべきシチュエーションとは:

  • 約束したことを実行しなくてごめんなさい。
  • あなたには行うのが不可能だったことをするよう強要してしまってごめんなさい。
  • 無礼な態度で答えてごめんなさい。
  • あなたが一番必要としているときに電話してあげられなくてごめんなさい。

これらは、まさにこの魔法の言葉をどう使うかを知っておくべきシチュエーションです。許しの心理学は、この行動が人間関係の礎になることを示しています。したがって、私たちはこれを最大限活用するべきなのです。

“許すことで、自らの魂を感じることができる。しかし「ごめんなさい」と口にすることで、2つの魂を解放することができるのです”

-ドナルド・L・ヒックス-

"私を許して" 関係性を変化させる 言葉

「許してください」という言葉が持つ力

私たちの日々の社交的なやりとりにおいては、誤って相手を理解してしまうことがよくあります。時には、誰かに伝えられた情報を間違って理解してしまったり、また別の時には明らかに不正確な判断をしてしまったりします。さらに、自分でも意図せず、大切に思っているはずの相手を無視してしまうことさえあります。そのようなことは特に問題ではないし、本当に友達と思ってくれているならば相手が傷つくことはないだろう、と私たちは勝手に思い込んでしまうのです。それでも相手は傷つけられたと感じますし(そうなるのは至極当然な場合が多いです)、結局嫌な感情や失望を残してしまいます。

小さな意見の衝突が起きるようなよくあるシチュエーションは、山ほど挙げることができるでしょう。また、さらに悪いのは、突然生じた小さな問題は積み重ねられることが多く、それがうまく解決されないままでいると大きな問題に変わってしまうということです。人間関係の中でこの点に関する注意が足りていないと、信頼や愛情は薄れ始め、一緒くたに消えてしまうことがあります。

適切なタイミングで「許して」という言葉を使うことで、友人関係や恋愛関係、婚姻関係、そして子どもたちとの関係さえもが救われ、彼らから自分に向けられている敬意が失われずに済みます。しかし、中にはこの言葉の使い方をわかっていない人もおり、さらに最悪な場合では、「ごめん」という一言を言うのではなく不完全な言い訳じみたことを言って済ませようとする人々もいます。彼らがこれを行うのは、許しを請うことは弱さを見せつけているに等しい、と考えているためです。彼らは相手を見下しており、自らの失敗や悪事、無視などの行いを正当化するための言い訳を選ぶのです。

許しの心理学

心理学では、許すことの必要性について話をすることがよくあります。自分を傷つけたことのある相手を許すのは結局、決して簡単ではないことが我々にはわかっています。しかし逆に、相手にとってプライドを飲み込んで許しを求めるのがどれほど困難なことかについてはおそらく考えてみたことがないでしょう。

この一歩を踏み出すのは難しいかもしれません。それは、これを行うためには相手に共感し、自分が行ってしまった相手を傷つける行為を認識して前進する勇気を持ち、さらにこれが一番重要ですが、これを適切に行う社交スキルを身につけなければならないからです。

また、もし相手の人物が態度を変えないようであれば、「ごめんなさい」という言葉はあまり役立たないということを心に留めておくべきでしょう。ではここで、具体例を見ていきます。

ある父親が、息子に約束を守らなかったことを謝罪するとします。その子は父親の謝罪を受け入れるでしょう。しかし、こういった約束が繰り返し破られるようであれば、許しを請うことは何の意味も持たなくなります。ただの無意味で空虚な言葉に変わってしまうのです。したがって、自分がしてしまった行為に報いるためには、勇気や責任感に加えて行動を起こすことが必要になります。

"私を許して" 関係性を変化させる 言葉

許しを求めてこない人に対してはどう対応すべき?

おそらくみなさんも、「ごめんなさい」や「許してください」といった言葉を言えない人と遭遇したことがあるでしょう。彼らがプライドを飲み込んでくれる日を待ち望みはしますが、こういった人々はどんどん傲慢さを増し、全てがこちら側のせいであるかのように、あるいは起こってしまったことが実はそれほど重要ではなかったかのように私たちを信じ込ませようとすらしてきます。

では、このような状況に陥ってしまった場合、私たちには何ができるでしょうか?まずは、なぜ彼らがこのように振る舞うのかについて考えてみることです。実は、許しを求めるのを頑なに拒む人々は自らの自尊心を守ろうとしています。彼らは、投影しようとしている自己像との違いに葛藤しており、許しを請う行為は自らの弱さや過ちの犯しやすさを認めることと同義だ、と思い込んでいます。それは相手からの信頼、そして自らの自信を損なわせるような行為だと考えているのです。

ご覧いただいた通り、自らの過ちを認めることは弱さを認めることと同じだ、と考えている人とともに生きていくのは簡単ではありません。この状態が続き、彼らの心の知能指数の低さが解消されない場合、相手の人物は常に鬱憤や苦しみを抱えた状態で過ごしていくことになります。「ごめんなさい」を言い訳に置き換えるような人々と共に生きるのは、健康的な生き方とは言えません。

一方で、私たちには誰かに許しを求めるよう強要することはできません。これは相手の心の中から湧き出てくるものでなければならず、そしてできてしまった亀裂に対処したいという願いから来るものでなければならないのです。

どのように許しを求めれば良いのかについては、子どもの頃から教え込んでいく必要があります。結局のところ、私たちの日々の生活にこれほど関わりの強い言葉はなかなかないのです。