アストン・ホール精神病院の恐ろしい話

14 2月, 2020
近年、アストン・ホール精神病院で行われた「セラピー」の実態が明らかになりました。そこでは「自白剤」と呼ばれる物質が使われていました。この薬とそこで行われたことに関する様々な証言から、今やこのヘルスセンターは恐怖の場所であったと疑われています。
 

患者であった人達からの虐待の告発があってから、アストン・ホール精神病院の悪名が世界にとどろきました。1993年の告白からすぐに建物は壊され、住宅地に変えられたのです

アストン・ホール精神病院で実際何が行わていたかを知ることはできません。告白した人達が皆、当時院長であったケネス・ミルナーの治療を受けていた患者であることが主な理由です。彼は独断で患者に薬物を与え、多くの患者の記憶に影響を与えています。ミルナ―は亡くなっており、彼の口から真実を聴くことは不可能です。

アストン・ホール精神病院は、無謀な科学者が精神実験を行った場所として知られています。これが実際に行われていたかは明らかになっていません。分かっているのは、「自白剤」と呼ばれる薬で患者の治療が行われていたことです。これは研究目的で行っていたのではなく、本当に有効なセラピーだと信じて行っていたようなのです

 

アストン・ホール精神病院

1930年にイングランドのダービシャー州で、アストン・ホール精神病院は開業しました。その目的は「特別」だと分類された子どもや若者の治療でした。つまり問題行動が見られる未成年者です。更生施設と健康施設の間のような病院でした。

1993年、ある研究団体がアストン・ホール精神病院の写真をいくつかネットにあげたことがすべての始まりでした。この後すぐ、10代の頃ここで治療を受けていた人が声をあげ始めました。レイプや非人道的治療などの虐待を語り始めたのです。

後にこの病院は閉鎖し、建物は壊されました。しかし、この決断に関する説明が行われることはありませんでした。残ったのは苦情の反響だけです。ジャーナリストがこれに関し調査を始め、この荒れた病院で行われていたことに関する詳細が分かってきました

 

麻酔分析

第二次世界大戦中、「自白剤」と呼ばれる薬が表に出てきました。主成分は、アモバルビタールで、脱抑制効果のある非常に強力な物質です。薬を使用した人は自制機能がコントロールできなくなります。つまり自分の意志を失うのです。この方法は「麻酔分析」と呼ばれます。

戦時中、ショックを受けた兵隊の救急治療にこの薬は使われていました。ショックとはトラウマになる出来事を体験した時などです。このような体験をすると、彼らは痛みを伴う記憶を抑圧し、忘れます。しかしまた部分的または全体的な麻痺状態として戻ってきて、深い落胆の状態となり、適正に機能することが難しくなってしまうのです。

これが起こったときに、軍の医師は「自白剤」を使用していました。兵隊の落胆を止めるために処方されていたのです。その結果トラウマとなった出来事を思い出すようになり、少なくとも一時的にバランスを取り戻そうとします。これは感染した傷口を開き、洗浄して治そうとするのと似ています。

アストン・ホール精神病院
 

 

怪しい治療

「自白剤」は意志の欠如にもつながります。この影響下にある人は操作されやすくなります。記憶が戻ってくると、誤った記憶を作る可能性もあると専門家は言います。ですので、アモバルビタールの影響を受けた人は、暗示にかかりやすくなります。

アストン・ホール精神病院では、この薬が体系的に使われていました。また、性的虐待の報告もあがっています。薬物の服用の前に服を脱がされたという証言もあります。しかし、この薬物の影響を受けた時に出現する記憶は明白ではないと専門家は言います。仕向けられた、または、修正されている可能性があります。

アストン・ホール精神病院で治療を受けたある女性は、父親に性的虐待を受けていたことを「発見」しました。彼女はそれを信じ父親をとがめたのです。しかし家族によると、これはどうやらありえないことだったようです。数十年後、この被害者女性は自分の記憶を疑い始めます。今では自分の記憶はどこか仕向けられたものだと考えているそうです。

アストン・ホール精神病院の患者の中には、自白剤は自分の役に立ったと考えている人もいます。しかしこれらは誤った記憶をもつ人の言葉であるため、本当のところはわかりません。確実にわかっているのは、「麻酔分析」は非常にリスクが大きく、価値あるセラピーとは程遠いということです。

 

Picnon-Rivière, E. (1948). Teoría y práctica del narcoanálisis. Revista de psicoanálisis, 5(4), 1036-1051.