どんな過去があっても、新しい恋愛を始めたっていい!

今抱えている問題や過去の失敗、記憶、そして人生の変化などがあってもなお、私たちは新たなパートナーを探し続けます。しかし、それはどうしてなのでしょうか?私たちをそのようにさせる何かが心の内側に存在するのでしょうか?それはDNAなのか、社会からの影響なのか、はたまたその両方なのでしょうか?
どんな過去があっても、新しい恋愛を始めたっていい!

最後の更新: 23 2月, 2021

過去に恋愛で失敗したり失望した経験を持っていたとしても、人間というのは普通、それも自分の一部かのように再び新たなパートナーを見つけようとするものです。これは生物学的な現象なのでしょうか、それとも社会文化的な行為なのでしょうか?このことについて考えてみたことはありますか?ここからは、私たちと一緒にこのテーマを掘り下げていきましょう。

人類の歴史全体を通して見ると、夫婦のあり方や恋愛的結びつきの生まれ方には(無数とは言えないまでも)複数の変化がありました。この事実は、現在のカップル間の力関係が50年前や100年前とは同じではないことを私たちが理解できている理由の一つでもあります。

ただし、それらの変化は抜本的なもというよりも年月に伴う漸進的なものだったと言えるでしょう。また、政治的・社会的運動や学術的理論なども家族単位に大きな影響を及ぼしてきました。

過去 新しい恋愛

今の時代に新しく恋愛を始めることは、50年前のそれと同じではない

50年前に出現して以来、ポストモダニズムは不安定さと精神的脆弱性をもたらし、夫婦や家族の基盤そのものを揺るがしてきました。その全てが、実存主義の直線的な考え方の範疇内で起こってきたことです。

今日の社会では、随所にその影響が見て取れます。まず、ポストモダニズムにより人々の考え方が変わってきました。その結果、私たちは現行のイデオロギーや社会規範、家族のルール、信条、生活様式の組まれ方、事実の理解のされ方、客観性、合理性、そして現実といったものを疑い始めたのです。

そのような理由から、ポストモダニズムは理論上の変化のみならず、実質的な意味での変化にもつながったと言えるでしょう。そして今度はこれが、家族や夫婦の構造にも様々な影響を与えました。

家族単位や夫婦というものについて深く考えようとする時、あなたの頭には以下のような疑問が浮かぶかもしれません。これらの最新トレンドはどんなことに繋がるのだろう?私たちはどこに向かっているのだろうか?新しい恋愛を始めようとしている時、私の頭の中にはどんな理想が浮かびがちだっけ?ポストモダン社会における恋人探しには、どんな方法があるのだろう?

これらのどの質問にも、決まった答えはありません。なぜでしょうか?それは、理想的あるいは典型的な夫婦の概念は絶えず動いており、常に変わり続けているからです。

新たな恋愛:理想の夫婦についての様々な概念

過去50年間の中で、理想的夫婦の概念は大きく変わってきました。離婚という選択肢の存在により、一人の人が生涯で2人、3人、あるいはそれ以上のパートナーを持つ可能性が生まれましたし、新しいタイプの家族も登場し始めています。

今日では、様々な特徴を持つ新しい夫婦や家族の理想形が存在しますよね。例えば、同じ部屋では眠らないという夫婦がいます。同じ家の中にそれぞれ自分専用の寝室を持っているのです。また、子どもの数を何人まで、と決めている夫婦もいます。もちろん、バイオテクノロジーの進歩によって単身者でも子どもを持つという選択ができるようになっており、最初にパートナー探しというプロセスを踏む必要もなくなっています。

現代社会におけるセックスは必ずしも妊娠や生殖とは結びついておらず、むしろ避妊手法によってシンプルに快楽だけのためのセックスが許されています。このことも確実に、パートナー探しの目的を変化させてきました。

最近では、単に子どもや家族が欲しいからといった理由だけでなく、愛し愛されたいから、満足感のある性的関係性を持ちたいから、といった理由でパートナーや幸福を見つけようとする人々が多く見られます。要するに、愛情や、セックスのためのセックスへの願望が、恋愛においてより顕著に現れるようになっているのです。

おそらく皆さんのご想像の通り、これら全ての要因がカップルや夫婦の形成方法に多大な構造的変化をもたらしてきました。

関係性を終わらせるのか、それとも再燃させるのか

一生涯を通じて、人間は様々な経験をしながら生きていきます。例えば夫婦の場合、2人は何年間も共に過ごし、たくさんの思い出を作りますよね。

脳は大量の情報を貯めており、あらゆる経験の中からずっと覚えていられそうなものを選択します。そして選び抜かれたものが記憶として残ることになります(このプロセスは海馬が司っていて、海馬は過去の様々な側面との関連付けを行い、現在の状況に意義を与えます)。

人が過去のネガティブな思い出よりもポジティブなものの方をよく覚えている傾向があるのはそれが理由です。「古き良き時代」という言い回しが多くの人に好まれることからも明白ですよね。

パートナーと共に暮らすことは、愛情のみならず、辛抱強さや寛大さ、寛容さ、そして適応性までもが求められる複雑なプロセスです。もちろん、愛情は部分的には幻想的に人を満足させてくれます。しかし、共同生活はハードワークです。互いに我慢し合うことを学んだり、二つの異なるパーソナリティを上手く組み合わせようとしたり、同意があれば性行為をしたり、といったことの繰り返しなのです。

時が経つ中で夫婦に影響を与え得る変化

年月が経過していき、様々なシチュエーションが生じます。加齢、家庭内の責任問題、仕事の問題、育児…、これらは夫婦を次第に引き離す恐れのある側面です。ルーティーンや疲労は、恋愛が始まった当初の性的熱情を冷まし、性行為の頻度を減らしてしまうこともあります。

加えて、時間とともに青年期のようなエネルギーは減退していきますし、他にもたくさんの問題が生じてそのことで頭がいっぱいになってしまう場合もあります。そうなると本人たちもほぼ気づかぬうちに、夫婦の互いへの欲望が徐々に薄れていくのです。

事実、一緒に住んでいるにも関わらず、性的なものも日常の活動に関するものも含めて、いかなる接触も持たなくなったという夫婦が大勢います。退屈な生活を送るという運命に身を委ね、孫たちや自分たち以外の夫婦との行楽に救いを求めるようになるのです。そうすることで社交生活のようなものは保っているものの、代償としてパートナーとの関係性は緊迫したものとなってしまいます。

中には別れを選択する人々もいますが、そういった別離は一般的に、自分たちの関係性を再燃させるための努力をしてこなかった結果として起こるのです。

過去 新しい恋愛

何年間も共に過ごし、経験や思い出を共有した、それでもまだ一緒に暮らしたいとという願いがある?

長年に渡って一緒にいる夫婦には、対策としてどんなことができるのでしょうか?一年に一度は腰を据えてじっくりと自分たちの関係性について話し合い、考え直してみるのが良いでしょう。例えば、「彼女は昔の彼女とは違う」、「彼はあの頃の彼と違う、もしくは私が考えていたような人物とは違う」、などといった問題について熟慮すべきです。自分たちの関係を査定する必要があるのです。

また、別れを決意するのであれば、それが複雑なプロセスであるという事実を肝に銘じなければなりません。取り決めること、協力すること、攻撃につながることなどといった様々な恋愛関係の厄介な問題が生じる可能性があります。夫婦それぞれが色々と問題のある願望を蓄積させているため、それが別離後に燃え上がって合意に至るのが困難になってしまうこともあります。

別れや離婚には問題が伴うにも関わらず、離婚経験者の約80%が再婚しているという事実はみなさんを驚かせるかもしれません。また、そういった再婚者のうち60%が、以前のパートナーとの間にできた子どもと共に暮らしています。

こういったデータが指し示しているのは、過去の問題が、たとえそれがトラウマになるようなものだったとしても、人々の新しいパートナーを探して再び恋愛をやり直そうとする意欲を削ぐ訳ではない、という事実です。さらにここからは、将来問題が発生する可能性があるにも関わらず、人は恋愛関係を築くという賭けをしがちなのだということもわかります。つまり、新しい愛を見つけることへの期待が、過去の恋愛経験の苦い記憶を打ち負かしてしまうのです。

簡潔に言うと、昔あったことのせいで新しい恋愛を諦めてしまう必要などないということです。

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