映画『終わりなき塹壕(The Endless Trench)』 身を潜めて過ごした30年間
『終わりなき塹壕』は、スペイン内戦や「モグラ」と呼ばれた人々などを描いた凄まじい内容の映画です。1969年、政府の恩赦により、スペイン中でたくさんの人々が地上に姿を表しました。彼らは、1936年のフランコの軍事侵略以降30年間もの間、報復殺人を恐れて(フランコ側とは政敵に当たる共和派だったため)自宅に作った壁穴などの中で隠れて生活してきたのです。
本作品では、この悪夢に関する驚くべき物語が細かに語られています。メインになっているのは、「モグラ」と呼ばれる男性と彼の妻の秘密のストーリーです。妻は、追われる身の夫を匿わなければならない悲惨な状況のせいで、深く自己を犠牲にして苦しみます。この映画は、恐怖から守ってくれるものとしての愛を描いた素晴らしい物語です。
この作品が与えるインパクトの大半は、二人の登場人物とある一つの場所から生み出されています。制作は、『フラワーズ』や『HANDIA アルツォの巨人』などの映画で知られるバスクの監督・プロデューサー集団が担当しました。映画の内容は、政治的弾圧への恐怖や人間の弱さや絶望、そして抵抗力に関する、強烈でほぼ非の打ち所のない情緒的な物語となっています。
『終わりなき塹壕』 − 逃走から、終わることのない自由を待つ日々まで
映画に含まれるアクションシーンのほとんどが、左翼政治家で機敏に逃げ惑うイヒニオ(アントニオ・デ・ラ・トーレ)をカメラが追いかける形で最初の20分間に描かれます。しかしイヒニオは他の左翼政治家たちとともに捕らえられ、グアルディア・シビル(市民警察)のトラックに乗せられてしまいます。
捕らえられた者の一人が警察官に命乞いをしている隙に、イヒニオはトラックから飛び降りて逃げ出すチャンスを得ました。市民警察から追われる彼はアンダルシアの田舎地帯を走り抜けます。
幸運なことに、その晩の間彼は同じく警察から隠れるもう二人の逃亡者たちとともに深くて暗い井戸の中に潜伏することができました。しかし彼らの存在に気づいた警察が地上から銃撃を行い、二人は死亡してしまいます。一方イヒニオはなんとか井戸内の壁に空いた穴に隠れ、生き延びることに成功しました。翌朝、彼は二人の死体を押しのけて自宅へ向かいます。
その頃ベレン・クエスタの演じる彼の妻で裁縫婦のロサが、家で彼を待ち受けていました。この二人の再会以降、静かで永遠に思われる時間とともに、深い心理的ドラマが始まることになります。イヒニオに残された道は、床穴に隠れて家の中で起こる出来事をモグラのように詮索しながら生きていくことのみでした。彼は自分自身の家の見物人のような存在でしかなく、おまけにずっと居心地の最悪な場所で過ごさねばなりません。
“何十年も後になってスペイン内戦について書いた時、私は子どもの頃目にした資料を使用した。なぜなら、その多くがまだ公にされていなかったからだ(今ではもっとたくさんの資料が手に入るようになっている)”
「モグラ」を襲う緊張感
おそらくモグラ本人にとってその生活は退屈なものでしょうが、この映画を観る人からすれば決して退屈することなどありません。主に、脅威や緊張感を映画にもたらすのはゴンサロ(ビンセンテ・ベルガラ)という人物で、彼こそ、イヒニオの存在を当局に密告した張本人です。ロサの家のカーテンを残酷なやり方で切り落とし、家の中全てを見張れるようにするなど、彼は始終イヒニオを脅かし続けます。
その後イースター週間の騒がしさを利用し、イヒニオは年老いた女性に変装して父親の家へ移動します。そこではそれまでよりも広いスペースが用意されていたため、彼はフランコの警察から逃走するモグラとしての自分を存分に確立していけました。小さいながらもベッドや本棚もありましたし、ロサが作業をできるような小さな机もありました。
そして、物語の本筋から少し離れて一息つけるような悲喜劇的シーンもあります。それはあるホモセクシュアルのカップルの話で、彼ら二人はロサが数ヶ月家を空けたのを利用してこの家に忍び込み、逢引に利用しようとします。イヒニオに見つかってしまった二人でしたが、彼に新聞や食べ物を届けるという交換条件で家を使っても良い、という協定をイヒニオと結び、事なきを得ました。
ロサの望み
一方ロサは、子どもが欲しいと宣言します。これは状況を考えると信じ難い要求です。彼女は、きっぱりとした性格の、献身的で欲のない妻ですが、実のところ彼女の役柄はそれ以上に複雑で、そのパーソナリティは何層にも積み重なっています。彼女はただ身を潜める夫を助けるだけの存在ではないのです。
子どもを育てるにあたって突然生活の改善を余儀なくされ、ロサは一家の稼ぎ頭として自分自身を変えていかねばならなくなります。女優のベレン・クエスタは年月を経るごとのロサのか弱さや強さ、そして真剣な取り組みの様子を見事に演じました。
ロサの人生にターニングポイントがあるとすれば、それは市民警察官からのセクシャルハラスメントとその結果起きたレイプ事件でしょう。その男は彼女の裁縫仕事の顧客でした。ある日、彼に強引にキスをされるという、ロサにこれ以上彼と会いたくないと思わせるような出来事が起きます。この間イヒニオは全てをこっそり見ていたのですが、見つかってはならないため妻を助けに行くことができませんでした。
イヒニオはこの非常に不甲斐ない状況と辱めにより、かなり野蛮な反応を見せます。彼は隠れ穴から出てくると、ほぼレイプすれすれのような形で妻と性行為をするのですが、これはだいぶ不愉快なシーンかもしれません。
その後、この市民警察官が再び現れ、ロサを襲いますが、イヒニオは彼を止めることができません。なぜなら、助けるにはランプを倒すしかありませんでしたが、そうすると自分の隠れ家が燃えてしまうからです。しかしついにロサの元へ助けに駆けつけた時にはもう、警察官を殺す以外に方法がない状況でした。悲しいことに、イヒニオはこの後ずっと子どもの本当の父親が自分なのかこの警察官なのか、疑問を抱き続けることになります。
『終わりなき塹壕』と愛の力
二人の主役の圧倒的な演技が、この物語に現実感を加えています。イヒニオの落ち着きや伝統的な価値観も、この役柄にとって重要なポイントです。
必然的に、映像のほとんどが薄暗い光の中で撮影されており、これがアンダルシアの眩しい太陽と対照的に活用されています。大半のシーンが、恐怖に怯えるイヒニオの観点から不安定な視界を通して映し出されるので、観ている私たちも彼と一緒に外の世界で何が起こっているのかを伺っているような感覚です。この映像戦略は、緊張感だけでなく、感情もリアルに描きだすことに貢献しています。
映画の中では苦しみや暗闇、そして人間の邪悪さなどが示されるとはいえ、『終わりなき塹壕』はポジティブな映画です。感傷的になったり、やり過ぎたり陳腐な表現を用いることなく、愛は生涯の避難場所となり得るのだということを私たちに伝えてくれます。
この映画の全体的なプロセスは、かろうじて見えるものから見るべきものへと向けて進んでいきます。丸見えの状態からは隠されている、あらゆるものを純粋に描いた映画なのです。