ジェーン・グドール:世界的研究家・活動家の軌跡

17 10月, 2020
ジェーン・グドールはチンパンジーと人類にはそれほど違いがないということを世界に知らしめたことで、科学の展望に革命をもたらしました。私たちの共通点とは何なのでしょうか?読み進めて詳しく見ていきましょう。

ジェーン・グドールは世界を代表するチンパンジー専門家で、チンパンジーの保護と尊重のために休む間も無く奮闘しています。たった一つの記事だけで霊長類研究の数十年間を要約するなど不可能ですが、今回私たちは霊長類行動の理解に彼女がもたらした偉大な功績をまとめてみようと思います。

彼女の並外れたパーソナリティや私たちの世界への貢献、そしてその優しい心についても一つの記事だけで説明するのは困難です。そのため、この記事を読んでこの素晴らしい女性についてもっと知ろうとしていただけることを願っています。小さな変化がいかに世界へ大きな影響をもたらすのか、彼女こそがその生ける実例だと言えるでしょう。

“生息地破壊は先進諸国の欲深さや物質主義と関連している場合が多いのです”

-ジェーン・グドール-

ジェーン・グドールとはどんな人?

ジェーン・グドールは1934年4月3日に生まれました。イギリス生まれの彼女は霊長類学者であり動物習性学者であり、人類学者でもあります。ゴンベ渓流国立公園(タンザニア)で数十年間に渡ってチンパンジーを研究したことで有名です。

幼少期から動物が大好きだった彼女でしたが、『類人猿ターザン』という本を読んで以来、本気でアフリカに行って動物の研究をしたいと思うようになります。本の中でターザンが自分とは別のジェーンと結婚してしまったために嫉妬してしまった、と話すほど彼女は彼に夢中だったそうです。

4歳の時初めて彼女は動物行動の観察を経験します。幼いジェーンはニワトリがどう産卵するのかを知りたかったため、身を潜めて4時間もの間ニワトリたちを見つめていました。あまりにも観察に夢中で家に戻って来なかったため、彼女の居場所を知らなかった両親は警察に連絡してしまったそうです。

母はジェーンのしていたことに大きな関心を向け、このニワトリ観察で発見した内容を熱心に聞いてくれました。興味を示してくれた母親のおかげでその日一人の科学者が生まれたのだ、と常にジェーンは語っています。

個人レベルで考えると彼女のケースはおそらく、子どもの好奇心を促し、子どもだけで実験をするのを手伝ってあげたり物事に疑問を抱かせてあげることこそ、子どもが幸せに、真剣に、そして自分のやっていることに熱意を持ちながら成長していくための適切な道のりであることを示す最高の例だと言えるでしょう。

ジェーンの初めてのゴンベへの旅には彼女の母も同行しました。その当時、若い独身女性がその地域に一人で旅することは安全ではないと考えられていたためです。二人はゴンベに4ヶ月間滞在しましたが、その間彼女はチンパンジーたちを遠く離れた場所からしか観察することができませんでした。

動物行動学の博士号を獲得したことで、彼女はその後も霊長類行動を研究し続けられるようになります。そして1960年、古生物学者のルイス・リーキーが、野生のチンパンジーの社会的交流や家族間交流を研究させるためにジェーンをタンザニアへ派遣しました。これが、その後数十年間続くことになるエキサイティングな現地調査の幕開けだったのです。

ジェーンによる初期の発見

チンパンジーに関するジェーン・グドールの初期の発見の一つは、彼らには道具を組み立てたり使ったりする能力がある、というものでした。これは遠くから双眼鏡で観察することしかできなかった頃に分かった事実です。

この能力は人間独自のものであるとされていましたが、この発見によりチンパンジーたちはそれまで考えられていたよりももっと人類に近いということが示されました。その他の多くの新発見と同様に、彼女のこの主張も科学界からはあまり快く受け入れられませんでした。

彼女は、チンパンジーたちが非常に社会的な生物であることに気づきました。彼らは長時間に渡って互いに毛づくろいをし合ったり遊んだり、くすぐり合ったりなどして過ごします。また、お互いの体を触り合ったり手を握り合ったりキスすらもし合うのです。

彼女はチンパンジーたちが互いを呼び合う音や非言語音を恐怖や悲しみを表現する手段、あるいは脅威や危険性を知らせるためのサインとしてどのように使用しているのかを研究しました。このような人類の一般的な行動が霊長類にも見られるとは誰も想像していなかったため、この発見も世界にとっては意外な新事実でした。

“今こそ私たちは「道具」を再定義するか「人」を再定義するかせねばなりません、もしくはチンパンジーを人間として受け入れるしかないでしょう”

-ルイス・リーキー-

チンパンジーと人間の母性行動

母性行動に関しては、現在私たちが二つの異なる育児スタイルと同等に考えることのできる事例があります。母親たちが概して保護的で、子どもたちの自立を奨励していることにジェーンは気づきました。チンパンジーの母親たちは人間と全く同様に、子どもたちの世話をして成長を促そうとするのです。これは今日の科学界では安定型の愛着として知られています。

しかし、彼女はパッションと名付けられた無関心で無神経な母親の様子も観察していました。この無関心な母チンパンジーの観察により、子どもの適正発達における母性行動と安定型愛着の重要性が明らかになりましたが、このことは人間にも当てはまります。

彼女が発見したのは、チンパンジーの赤ちゃんは何年もの間母親に依存して過ごし、その間に母を模倣することで自力で生きる術を学ぶということでした。特に彼女の調査の対象として重要だったのがフリントというオスのチンパンジーです。彼は人間で言えばティーンエイジャーほどの年齢ながらもまだ母乳を吸い続けており、母親のフローからいつも注目されていなければ気が済みません。

しかし高齢だった母フローはある日事故で死んでしまいます。彼女を見つけたフリントは長い間その死体を見つめ続けた後、群れの元へ帰って行きました。彼の抑うつ状態は悪化して行き、食べるのをやめてしまい、その後すぐに死んでしまったのです。

フリントのケースは、ルネ・スピッツによる母と子の離別がもたらす影響についての研究に当てはめて考えることができるでしょう。母との別れにより子どもが依存抑うつを経験したり、ホスピタリズム症候群と呼ばれる、マラスムス(深刻な栄養失調の一形態)という命に関わる病気の発症に繋がるような状態が引き起こされる場合があります。

ジェーン・グドールの発見の中でも世に知られているものの割合は非常に低く、有名なのは重要度の高いものや、人間行動の理解に容易に結び付けられるようなものばかりです。しかし、彼女の研究はそれ以降の全てのチンパンジー研究の土台となりました。

こういった研究により彼女は世界で最も重要な霊長類学者になり、複数の賞を受賞しています。

ジェーン・グドールと彼女の功績への批判

博士号を取るために大学に入ってすぐに、彼女は不当な研究手法を用いているという告発を受けました。チンパンジーに名前を付けるという行為が非科学的で擬人化を助長するものであるとして批判されたのです。また、そのほかにも彼女がチンパンジーには情動や感情があると考えたことや、チンパンジーそれぞれが異なるパーソナリティを持っていると提唱したことに対する批判もありました。

ただ単に彼女が女性だったという理由のせいで、人々は何かと彼女の威信を傷つけようとしました。そして彼女が人間と霊長類との類似性を指摘した際には特にその傾向は強まったのです。

新聞からは、彼女が成功できたのはその素晴らしい研究によるものではなく、彼女の美しい脚やブロンドヘアのためだと書き立てました。彼女はそういった批判を無視しつつ、時にはそれらを研究を続けるための資金集めに上手く活用したのです。

研究者から活動家へ

シカゴ・アカデミーによる生物保全サミットで森林伐採による弊害が明らかにされた後、彼女は調査フィールドを離れて活動家に転身しました。霊長類やその生息地を保全するために奮闘した彼女は、「世界のチンパンジー大使」と見なされるようになります。

これに加えて、ジェーン・グドール・インスティテュートではたくさんの教育プログラムを提供したり、人々に自らの行動がいかに自然に影響を与えるかを気づかせ、動物や環境を尊重するよう奨励するための講演を行なっています。

いかに高度な知能を持っていようとも、自分たちの唯一の住処を破壊し続けている以上人間を知的な生物と呼ぶことはできない、というのが彼女の信条です。

“これでついに私たちは自然環境に対して自分たちが与えてきた酷いダメージについて気づくことができたのですから、テクノロジーを利用した解決策を見つけるために最大限の努力をしているのです”

-ジェーン・グドール-