自分自身の愛し方を教えない教育システム

2018年2月20日 in 感情 0 シェア済み
娘を抱く母親

失敗作。はみ出し者。多動的。やる気がない。挑戦的。学校教育の期間を通して子供達に貼られるレッテルは実にたくさんあります。立ち止まって、難しい生徒一人一人にどのような感情があるのかを見て理解しようとすることは稀です。

ビジネスや政治といった背景において、感情的知性が不可欠なものとしていかに重宝されているかということは興味深いことです。その一方で、教育機関は感情的知性をカリキュラムに含めていません。

教育は私達に自立できる力を与えるべきであり、子供にまず自尊心や尊重、共感といったものが何なのかを教えなければ、科学や文学で優れるように教えることには何の価値もありません。

認知技能は依然として学業システムにおいて必要不可欠なものとしてあり続けています。その一方で、感情は私的な環境に制限された「タブー」な側面のように思えます。

地面に広がる光を集める女の子

人ではなく頭脳を形作る教育

今日の児童や青年は新しいテクノロジーにおいて優れた戦略家です。テキストメッセージにある絵文字が感情の世界への唯一のアプローチだったりすることはよくあることです。しかし、携帯媒体から離れると、いじめなどのような状況にうまく対処したり、回避したりすることができません。

心理学者であり研究者であるベゴニア・イバロラは、教室や学校のカリキュラムに感情的知性を取り入れた学校において、いじめ行動が消失し、学業成績が著しく向上したことを示しています。これは間違いなく励みとなる事例です。

教育は明日の世界を変える人を訓練することを目的としている。だから、私達は幸せで、喜ぶことに優れ、尊重することに長け、希望に明るい人を指導するのだ。
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手のひらの上で散っていく葉

なぜ学校で情操教育をもっと取り入れないのでしょうか?

「ガードナーによる多重知性」の理論が私達に子供のこころの知能指数早くから取りかかる必要性を明確に教えてくれているにも関わらず、認知面の重圧が未だに学校のシステムに深く根差しています。

機関レベルでの変化には時間が必要ということも念頭に置かなければいけません。それには明確な社会的気づきが必要です。なぜなら、感情に投資することは共存に投資することだからです。それは人間関係においてより有能になる事、尊重するということにおいてより有能になること、そして完璧な子供ではなく幸せな人間を教育するという焦点の変化を学ぶことなのです。

緑の中で眠る少女

似た子供ではなく、ユニークな子供を育てる

今日のような変化する社会において、職業的競争が激しい中、同じ分野に特化した同様の学生を訓練してもあまり役には立ちません。子供の本然的な能力を高めることで、「自分がユニークである」ために自分にとって何が最適であり、世界に何を提供できるかということを子供自身が知ることができるように人間的価値を優先させることが必要です。

考慮すべき一つの側面は、私達がよく子供の教育の重圧を学業機関に全て託してしまうことです。これは正しいアプローチではありません。家族を学びの第一の場、最重要不可欠の場としながら、私達皆が教育を働きかける者となるべきです。

家族:こころの知能指数における第一段階

神経科学の分野は次のことを明確にしています:子供が育つ情緒的背景は子供のその後の発達や性格さえも大きく決めることになるということです。

承認、相互依存、安定した愛着、そして感情のコミュニケーションは、子供を自由と成熟の中で育たせるバランスの糸口となります。他人を尊重し、聞くことができ、攻撃ではなく愛着をもって対応できる子供を世界に送り出したいのであれば、模範として行動しましょう。自分の言葉や判断、行為に気を配りましょう。最高の模範となりましょう。

頭に蝶が留まる男の子

学校:社会ステージの小宇宙

学校は子供にとって将来直面しなければならなくなる世界の明確な例となります。仲間や権威的存在(教師)との関係は、子供が重要なスキルを発達させる手助けとなります。

情緒的に健康な習慣や手段が適応された環境では、子供達がこうしたタイプの知識に非常に良い反応を示すところを見ることができます。毎日の作業にそうした習慣や手段を取り入れることは、子供が自分の関係を改善するのに役立ち、攻撃を回避したり、友情を開始するにあたってより自己肯定的になることができます。

こころの知能指数は、子供が不安やストレスに対処できるように、学びを最大限に引き出す手助けとなる習慣です。これが子供の学業成績を向上させるかもしれません。

教育することとは、子供の心に足跡を残す方法を学ぶことである。
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宇宙を手にする少女
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