自分のミスをつい他人のせいにしていませんか?

30 6月, 2020
自らの責任を最小化したり、自分のミスによる弊害を小さくするための作戦や手段として他人を非難するのは、決して良い考えとは言えません。そのような対応を取っても結局、他者との間に偽物の関係性しか築けなくなってしまいます。表面上の人間付き合いからは、個人的な成長の機会は得られないでしょう。
 

普通、他人を責めるという行為は子どもが行うものです。なぜなら、子どもの認知機能や倫理観の発達段階では、まだ自分の行動に責任を持つことの大切さについて理解することができないためです。そのため、すべきではなかったことをしてしまったと悟った際に、子どもたちは罰せられることから逃れようとします。残念なことに、精神的に未熟なままの大人たちの多くが、色々な状況下でこのような態度を取り続けてしまっているのです。

他人を非難する行為は習慣化し、やがて作戦として身に付いてしまいます。主にナルシシズムが過度に強い人や、自律性の欠けた人々にこの現象が多く見られます。この行動は情緒面や価値観が十分に成長していない場合に起こるのです。このような振る舞いをする人々が皆心に痛みを抱えていることは明白ですし、その上その弊害は他人にまで及びます。

ほとんどの場合、他人を非難する行動パターンの背後には恐怖心やうっ積した怒り、そして悲しみが潜んでいます。そして他者との関係性においてもっと健全な戦略を使えないままでいる限り、そのようなネガティブな感情は残り続け、さらにはより強度が増してしまうのです。皆さんもお分かりの通り、これは決して効果的な戦略とは言えません。むしろ生きづらさを増大させるだけです。

自分のミス 他人のせい

他人を責めてしまう理由

一般的に、一部の人々が対立が生じた際の対処戦略として他人を責めるという行為を選んでしまうのには、二つの主な理由があります。一つ目がナルシシズム、二つ目が自律性の欠如です。この二つの特徴は相容れないもののように思えるかもしれませんが、そうではありません。実はこの二つを併せ持っている人は意外と多いのです。

さらに、過度なナルシシズムを発達させてしまうケースもかなり多くあります。ナルシシズムを増大させることで、劣等感を埋め合わせようとするのです。そのため、ここでパラドックスが生まれます。自分は人から愛され認められるべき存在だと信じていながらも、その愛や承認を得るための努力を何も行いません。しかしそれでも、愛や承認を手に入れられないことに苦しみます。こうなると、自分が成し遂げられなかったこと全てを他人のせいにして責めよう、という思考に至ってしまうのです。

この戦略が用いられる二つ目の理由は、自律性の欠如です。子どもの自律性が欠如していると、権威やおしおきへの恐怖に対する依存度を深めていきます。そして、そのような嫌な経験を避けるために他人を責めるようになるのです。しかしこの行動パターンは依存を悪化させてしまうだけであり、子どもたちは責任感という感覚を発達させることができなくなります。

 

なぜ他人のせいにするのか?

この他人を責めるという作戦はかなり効果的であるように見えるでしょう。まず、本人のエゴは損なわれることなく残ります。なぜなら、ミスを犯してそれを認めるということは、自らの不完全さを宣言し、自分がいつも正しいわけではないことを示すことでもあるからです。謙虚さの欠けている人物にとって、これは耐えられないほどのエゴの損傷となってしまいます。

自分のミスを認めるのが困難なのは、自己愛が過度に強いせいではなく、心の不安定さが原因です。一部の人々は、ミスを犯せば自らの価値が損なわれるだろう、あるいは自分の能力や強みに疑問を抱かれてしまうだろう、と思い込んでいます。しかし、ありのままの自分に満足できていて、自信を持てている人ならば、ミスがあるのは人として当然のことであり、そこから何かを学ぶことができるという事実を理解できるはずです。

そして、自らの行動が招いた結果から目を背けるための他の方法が見当たらない場合、それを他人のせいにしてしまう人々が存在します。そうすれば、彼らは自分の過ちを修正せずに済むのです。これは責任感や罪悪感を縮小化させるための非常に幼稚なやり方だと言えるでしょう。このような行動を取る人は皆、ただ自分自身から逃げており、ミスから学びを得る機会を逃しているだけです。それだけでなく、今までより強くなることもできず、成長し続けることもできません。

自分のミス 他人のせい

他人を非難するという作戦により失われてしまうものとは?

自分のミスや痛み、欠点などを意図的に他人のせいにして非難するような人々は誰しも、彼ら自身のことも他人のことも傷つけてしまっています。こういった人々の行動により、まず相手からの信頼が失われ、関係性がオープンなものではなくなります。このような状態になってしまうと、健全な絆を形成するのは非常に困難になり、ただ人間関係の有毒性が増してしまうだけです。

人生をより豊かなものにするために必要なことの一つが、まさに他人と真に親密な関係性を築くことです。これにより心に安心感が芽生え、アイデンティティが強化され、勇気も持てるようになります。しかし人を操るような行為により傷がついてしまった表面的な関係性からは、恐ろしい現実世界を前にした時であっても、ただ孤独感しか湧いてきません。

また、責任を取ることを拒む人々は、個人的な成長の機会も放棄していることになり、自らのミスから何も学ぶことができません。この停滞状態はやがて情緒面にも弊害をもたらし、事実の知覚が歪み始めてしまいます。そして最終的には有害な妄想癖を悪化させることにつながるのです。

他人を責めてしまう傾向を解消するには、謙虚さを持つことが有効な対策となります。多くの人々の思い込みとは反対に、自分の行動やミスで生じた問題の責任を負えるようになれば、一人の人間としてより強く、進化した存在に成長できるので、結果的にメリットしかないのです。

 

Regard, J. (2008). La manipulación: un manual de autodefensa. Grupo Planeta (GBS).