人生の晩年における成熟した愛

2019年9月8日
成熟した愛はとても純粋なものであり、心からの考え、目的、愛情表現などが真実の光として彼らを照らしてくれるのです。それは心も体も満たしてくれます。

成熟した愛は、「人生経験と穏やかな心」と定義されることがあります。異なる愛の概念を持ちながら、人生の晩年ん位お互いを見つけた魂のことです。

そういった人たちは愛を相手を独占したり支配するためのものではなく、喜び、優しさ、相互理解などを基盤にしたシンプルなつながりとしての愛とみなしています。これは人生を素晴らしいものにしてくれる(たいていの場合)正直な関係なのです。

老後には、真実の愛が私たちを待っていると聞いたことはありませんか?

これがいつも正しいというわけではありませんが、現実はもう少し単純なのに、私たちはついつい他人の人生経験と自分を比較するという罠に陥りがちです。

こちらもご参考に:「妬み」とは何か?

人生のそれぞれの段階で起きることにどう感謝するかというのが、私たちの存在理由の一つであり、良い選択や悪い選択を含めた若い頃の経験はとても感謝すべきものです。同時に、年を取ってからの贈り物のような人生での出来事を一つずつ楽しんで毎日を送るべきです。

「成熟した愛は、誠実さと個性を保ったまま結ばれることである。」

エーリッヒ・フロム

人生におけるそれぞれのサイクルでは、外部からの情報や経験をそれぞれの異なる方法で受け取ります。

例えば、若い頃はほぼ全ての情報や経験を受け入れ、情熱と無限のエネルギーで、世界と自分の目の前に広がる道を受け入れ挑戦します。

若い頃はまるで夏の激しい台風や嵐のように毎日が過ぎていきます。

その後は、外部からの情報に対して徐々に選択的で慎重になる傾向があります。

激しい夏の記憶、つまり若い頃の情熱や経験の記憶は残っているものの、穏やかに輝く午後のビーチや、温かい風を連想させるような経験を好む方向へと変わっていきます。

成熟した愛は、陽気さや無邪気さを諦めることなく、過去の間違いを繰り返さないように努めます。

成熟した愛に身を置くカップルは、お互いをソウルメイトと感じるというよりは、異なる経験(時には真逆のこともあります)をした2つの異なる魂が出会ったと感じていることが多くあります。

彼らは愛にもう一度チャンスを与えたいと思っている人たちなのです。

ここからはその理由について、より深く成熟した愛の定義とともにご紹介します。

ご存知ですか?:エーリヒ・フロムによる愛の学び方

人生 晩年 成熟した愛

成熟した愛:年齢を重ねること=幸福のとき

ともに60歳以上のアルベルトとマイテは、今日大きな一歩を踏み出すことを決めました。彼らは一緒に暮らし始める予定ですが、子供たち全員が二人の決断に賛成しているわけではありませんでした。

「お金のためだけに一緒に暮らすに違いない。」と子供の一人はいいました。

「孤独を紛らわすためだけに一緒に暮らすんだろう」と別の子供はいいました。

「一時の気まぐれに過ぎない。」と一人の子供はため息をつきながらいいました。

「数ヶ月もすれば、すぐに元の生活に戻るよ。自分の本、旅行、孫などの元に戻るに違いない。」

しかしアルベルトもマイテも、子供たちからの批判や意見を特に心配していませんし、これらの意見は二人が気にしていることではありませんでした。二人の肌にはシワや傷があったとしても、二人の心と意志は強かったのです。

自分たちが何をしようとしているのか、そしてなぜ一緒に住むことを決断したのかを二人はきちんと理解していました。

アルベルトとマイテは子供ではありませんし、年齢を重ねることで彼らは成熟し素晴らしい知識を身につけています。単に気まぐれや感情の変化だけで一緒に住むことを決めるには、彼らの人生経験は豊富すぎます。

息子や娘、二人を観察する人からの意見に反して、晩年の愛にはエゴがありませんし、愛を証明する必要もありません。

成熟した愛はとても純粋なものであり、心からの考え、目的、愛情表現などが真実の光として彼らを照らしてくれるのです。それは心も体も満たしてくれます。

人生 晩年 成熟した愛

一方、アルベルトとマイテならきっとよくわかっている以下のような事実があります。

若い世代の多くは、人生の成熟期または晩年に入った人は、すべてが受け身になり恋愛などからは引退する時期だと考えるかもしれません。

愛や情熱に有効期限があるかのように、白髪の人や、これまでに経験してきた人生の長さよりも、残りの人生の方が間違いなく短い人は、もう恋愛や愛というフィールドには立てないと言っているかのようです。

「若い愛は情熱をもって生き、成熟した愛は調和の中に生きる」

ところが、晩年期にいる人が、恋愛をしないというのは若い世代の誤解です。心理学によると、幸せの曲線は晩年期にピークに達するため、晩年期は愛がよりシンプルで純粋な経験となるのです。

新しいタイムラインと愛の大切さ

晩年に生まれる愛は、若い頃の愛よりもより満足の行く穏やかな時間を提供します。皮膚を燃やす火のような燃えるような恋ではありませんが、穏やかに流れる川のように、パートナーとの探検の旅に出かけるような愛が始まります。

これまでにない新しいタイプの幸せを育み大切にするのが成熟した愛となるでしょう。疑い深い人が思っているのとは反対に、この段階では、平均して人々はさらに大きな心理的幸福を体験します。

エコノミストであるブランチフラワー氏とオズワルト氏による興味深い研究によると、幸福と個人的な満足感の認知は、幼少期と老年期に最も強くなるということが明らかになりました。ライフサイクル全体で幸福度を世代別に表すと、最初のピークは子供の頃そして2回目のピークは50歳頃の「U」字型になります。成熟した愛

しかしながら、年齢を重ねたからと言って、心理的な成熟が保証されていないのは明らかです。

感情的なバランスも年齢を重ねたからといって得られるものではありませんが、高齢者の多くが卓越した誠実さと素晴らしい態度でそれをコントロールしているのも事実です。

高齢者は、何年も無駄に時間を重ねて年をとったわけではなく、自分の夢や希望を追い求める素晴らしい人生を送ってきた人々です。自分自身を理解し、知恵と希望、穏やかさと情熱、そして欲望と謙虚さを組み合わせた様々な方法で目標を達成した人生の権威と呼ぶこともできるでしょう。

晩年期の成熟した愛は、思春期の初恋ほど熱烈なものではないかもしれませんが、実り豊かで満足のいく愛情であることは間違いありません。