「ロスト・ソウル」の主な症状について

30 10月, 2020
「ロスト・ソウル」という状態になると人は混乱し、自分のものの感じ方、考えていること、そして欲しているものが全くわからなくなってしまいます。これは悲しみや不安の強さが増してしまった喪失状態のことなのです。

「ロスト・ソウル」は、この言葉を聞けば大抵の人がなんとなく意味を理解できるような概念の一つです。それでも、少々曖昧な概念ですので正確に定義するのは簡単なことではありません。まず、「ソウル(魂)」という考え方自体がだいぶ漠然としていますよね。この言葉は宗教の中では体内に宿る霊的な実体といった意味合いで使われますが、口語表現においては人間の内的世界に言及する際に用いられています。

ロスト・ソウルという考え方は数多くの神話や伝承に登場しているという点を覚えておきましょう。それらの中でこの言葉は概して、喪失の結果としてあるいは償えていない罪のせいで永久に彷徨い歩くことを運命付けられている、肉体から離れた精神を指しています。この点ではロスト・ソウルの持つ心理学的意味合いとも少なからず一致しています。

また、ロスト・ソウルという概念は心理学に加えて精神医学やシャーマニズムなどの異なる領域でも登場します。どの分野においても似たような意味で使われますが、相違点もあることは明らかです。読み進めてさらに詳しく見ていきましょう!

“あなたは精神のアーティストです。あなたならではの方法であなた自身を見つけ出し、表現してください。あなたの愛を率直に表現してください。人生とは夢以外の何者でもないのです”

-ドン・ミゲル・ルイス-

ロスト・ソウル 症状

心理学におけるロスト・ソウル

ロスト・ソウルというカテゴリーは心理学に存在しませんが(症候群ですらありませんが)、それでもこれは多くの心理学者たちが理論モデルに取り組む際に用いる概念の一つではあります。

ソウルが失われている(ロストしている)人々の状態は、厳密に言えば抑うつ状態や不安状態とは異なります。しかしながら、こういった人々は自己との結びつきが欠如していることを示すような特性を有しているのです。

ロスト・ソウルには、以下のような四つの基本的特徴があります。

  • 防衛的に振る舞う。こういった人々は概して深い恐怖心を抱いているために防御壁を設けており、そのことに自分でも気づけていないほどです。問題なのは、自分自身のことすらわかっていないという点です。これは前述の恐怖心があらゆることに染み渡っているために起こります。
  • 偏狭である。ロスト・ソウル状態の人は揺らぎない信念や考えを抱いている場合が多いのですが実はそういった価値観や思い込みシステムも防御壁の一部であり、だからこそそれらを再考して組み立て直すことを拒むのです。
  • 同じミスを何度も繰り返す。この種の人々は何度も同じような苦しい状況に陥ってしまいます。これもまた、防衛的になってしまう原因の一部です。
  • 居場所を根こそぎ奪われていると感じている。故郷にいながらもまるで自分はよそ者であるかのように感じます。友人グループの一員でもなく、仕事に対する大きな熱意も持っておらず、あるいは時間を費やすような趣味もありません。

シャーマニズムにおけるロスト・ソウルの概念

実際にはシャーマニズムで扱われているのはロスト・ソウルではなく、ソウルのロス、つまり魂の喪失についてです。ある意味では似たような概念ではありますが、同一というわけではありません。後者の方がより社交不安症的な一面が強く、文化症候群である場合が多いのです。

魂の喪失に見られる特徴には、自分が自分でないような感覚や、自分の一部が休止しているような、あるいは完全に失われているような感覚が挙げられます。その結果、エネルギーや活力も失われてしまうのです。また、強い空虚感や不安も経験する場合があり、これにはほぼ常に抑うつや疲労感が伴います。

社交不安障害はメキシコのシャーマニズムに登場しています。以下がその主な症状です。

  • 八方塞がりのような感覚。
  • 混乱している、あるいは不完全であるという感じ。
  • 自らの人生への失望。
  • 自分自身を見知らぬ他人のように認識している。
  • 依存症を抱えている。
  • 暗闇にいるような感じ。
  • 引っ込み思案で他人と交流することに恐怖を感じる。
  • 常に続く疲労感。
  • 変わりたいと切望していながらもそうすることができない。
ロスト・ソウルの主な症状について

自己との一体化

人がロスト・ソウルになってしまったりあるいは魂を失ってしまうのには、れっきとした理由があります。人が自分自身を認識できるようになるためにはまず、自分を認識してくれる誰かを見つけなければなりません。「あなたはここにいるよ」と伝えてくれる誰かが必要なのです。これは、子どもの正常な発達条件下では母親やその他の保護者たちによって行われます。

しかし残念ながら、これが実現しないこともあります。母親がいないという場合もあれば、母親に我が子の自己認識を助ける能力がない場合も多くあります。また、幼少期に混乱を招くような痛ましい状況を経験し、その時の環境の侵襲性が高すぎたために自己認識に当てられる心の余裕がなくなってしまうというケースも考えられます。

人が自分自身と他の人々との間に壁を作ってしまうのにはたくさんの理由がありますが、主な目的は自分自身でいることを回避するためなのです。そのような状態では、行くべき場所がどこにもない、あるいは行きたいと思える場所がどこにもないという感覚とともに自己への違和感が遅かれ早かれ湧いてきてしまいます。魂を失ってしまったわけではありません。そうではなくその人の魂は自分で自分に押し付けた防衛メカニズムの下に覆われているのです。

自己を取り戻すための道へ踏み出すことはかなり大変ですし、取り戻したいという願いすら持てていない人が非常に多いのが現状です。いずれにせよ、この旅を開始し、自分自身になる方法を学ぶことは可能であるということをわかっておかねばなりません。外部からのサポートも必要かもしれませんが、これは実現可能なことなのです。

Bustabad, S. A. (2008). Inmunología clínica y estrés. En busca de la conexión perdida entre el alma y el cuerpo. Rev Cubana Salud Pública, 34(3), 1-2.