死を逃れた男性チャイム・フェルスター

19 1月, 2020
第二次世界大戦の強制収容所で生き延びた人が少ない中で、チャイム・フェルスターは生存者の一人です。判断力に助けられ、一度だけでなく、8回も死を逃れました。

チャイム・フェルスターは、芸能人でも有名芸術家でもありません。現在97歳、健康そのもので、92歳まで働き、誰もが尊敬できる人物です。ナチスと闘い、一度だけでなく、8回も彼らの手を逃れました。

チャイム・フェルスターは、若い時代、戦争の恐怖の中を生きたにもかかわらず、この経験は精神的に大きな影響を受けませんでした。このことがきっとこの大きな勝利につながったのでしょう。彼は自分自身や家族の痛み、侮辱の思いや過去の暗い影にとらわれずに人生を生き、自分自身を歴史に刻むために生き延びたのです。

「一時の失望を受けいれなければならず、永遠の希望を失ってはいけない」

-マーティン・ルーサー・キング・ジュニア-

チャイム・フェルスターは、優しく、温かく、賢い男性です。ナチスの強制収容所で生き延び、そこで起きたことを語ることができた数少ない人物で、彼はそのストーリーを何度も語っています。また、幸せな結婚生活を65年過ごし、孫もいます。さらにビジネスにも成功し豊かな暮らしをしています。

チャイム・フェルスター

 

暗い時代

1922年7月18日、チャイム・フェルスターは、ポーランドの都市ソスノヴィエツ、正統派ユダヤ教の家庭に誕生しました。当時、この町に住む人の21%が正統派ユダヤ教でした。ドイツでナチスが力を得た時、彼はこの町全体が恐怖をもってそれを見ていたのを覚えていると言います。

その予感は当たりました。1939年、彼の町はナチスに侵略されます。第二次世界大戦が勃発し、反ユダヤ主義が誕生しました。服には黄色の星がつけられ、路上では差別され、次に何が起こるかは分かりませんでした。この頃、最初のゲットーが作られます。チャイム・フェルスターは17歳でしたが、この最悪の時代に感じた恐怖を今でも覚えているといいます。

1942年、フェルスターの生活は変わることになりました。ゲットーには薬がなかったため、父親は肺炎で亡くなりました。食料も限られていたため家族は飢えに苦しみます。同じ年、秘密国家警察はフェルスターの母親と姉妹を当局に連れ出し、その後連絡が来ることはありませんでした

 

悲しみと希望

チャイム・フェルスターとユダヤの仲間は、秘密国家警察に連れ出されたら最後、その人ともう二度と会うことはできないと知りました。

強制収容所に関してはまだあまり知られていなかったのです。噂を元に情報が入るのみです。この頃、フェルスターは叔父さんから、将来彼の命を救うことになるアドバイスを聞きました。それは、ドイツ人にとって有益となる物事を学んでおけ、というものでした。

チャイム・フェルスターは、ゲットーの中でミシンの技術工になるために勉強しました。1943年、ついにその時がやってきました。秘密国家警察に呼び出され、強制収容所へと連れて行かれたのです。

最初、彼の生活はひどいものでした。オシフィエンチム、グラーディッツ、ニーダーオルシェル収容所に入れられました。収容者は気温-25度の中道路の修復を命じられたと言います。

そんな中、ナチスはフェルスターの技術を知り、ましな仕事を与えました。これが間違いなく彼の生存のカギとなりました。グラーディッツではチフスが流行し、フェルスターも病気になりました。彼はウイルスに感染し亡くなった人の遺体が整然と並べられていた、ぞっとするような光景が忘れられないと語っています。

チャイム・フェルスター

 

解放

1944年の終わり、チャイム・フェルスターはアウシュビッツへと移送されました。夜中に到着し、その静寂は恐ろしいものであったと言います。記号が皮膚に掘られ、恐ろしい経験をしました。その2ケ月後、技術工が必要とされ、彼はニーダーオルシェルに移されました。フェルスターにとって、これは専門学校に到着したようなものでした。

ドイツの連合軍の前進に伴い、1945年、ニーダーオルシェルは閉鎖されます。収容者はすべてブーヘンヴァルトに移されました。ここは毎日大量虐殺が行われる悪名高い施設でした。この頃ナチスは戦争の敗北に気づいていたため、できるだけ多くのユダヤ人を殺害しようとしていたのです。

しかしチャイム・フェルスターが虐殺の列に並んでいた時、連合軍が収容所を襲い、収容者は解放されたのです。ここで彼はまた死を逃れましたが、残酷な現実が待っていました。家族の30人以上が殺されていたことがわかったのです。彼はマンチェスターに逃れた生存者の一人である叔父を探しに行きました。そして、新たな人生をスタートすることができたのです。フェルスターは幸せに長生きしているので、ナチスに勝利したと言えるでしょう

Comins-Mingol, I. (2015). De víctimas a sobrevivientes: la fuerza poiética y resiliente del cuidar. Convergencia, 22(67), 35-54.