孫武 − 軍事戦略家のバイオグラフィー

28 7月, 2020
孫武は、人類の歴史上最も有名な哲学書であり兵法書でもある『孫子』の作者です。非常に興味深いことに、この書物では戦闘を精神的な対立というレベルにまで引き上げて扱っています。そのため、戦いは望まれないものと認識されているのです。
 
孫武という歴史上の偉人は、戦闘に関してのみならず、政治や商売といった面でも多くの強力な指導者たちに影響を与えてきました彼の著作『孫子』は、その原理の有効性と適切な助言から、あらゆる時代の軍事戦略家たちの道しるべとなっています。
孫武の偉業の中でも最も注目すべきなのが、戦闘を力任せなものではなく、知的行為に変えてしまったことでしょう。実はこの書に登場する格言の一つに、「最高の戦いとは決して実現されない戦いだ」というものがあります。そこからは、これと同じ原理に従う武道との間にも多数の共通点を見いだすことができます。
孫武は謎多き人物で、彼に関する情報はあまり残されていません。事実、その存在を疑い、孫武という名前もただ様々な戦士たちに採用された仮名に過ぎないと信じている人々もいるほどです。しかしながら、少なくとも今のところ、この人物が実在したことは歴史学的にも認められています。
孫武 軍事戦略家 バイオグラフィー

孫武の原点

孫武は中国で、おそらく紀元前544年に生まれたとされています。彼は有名な哲学者である孔子と同時代を生きていたのです。彼が生きたのは波乱の時代で、分断と内部紛争が頻発していました。そんな中でも、当時哲学的思考は非常に高く評価されていたため、知識人のために書かれた彼の著作も、それほど苦労もなく読まれることとなったのです。
一部の学者たちの研究結果によれば、彼は斉国の軍隊階級の高い家柄の生まれだとされています。そしてどうやら、祖父から軍職について学んだようです。当時は周王朝の治世でしたが、中国内では常に様々な王国間で衝突が絶えず、中央政府などないも同然の状態でした。
孫武は紀元前517年に南部へ移り、呉国に居を構えて闔閭王のもとに仕えたのだろうと歴史家たちは考えています。この時代は、中国の「春秋時代」と呼ばれる時代の中でも「戦国時代」として知られます。

数々の勝利を収めた軍人

孫武は戦争に関する独自の哲学を持っており、それを採用してすぐに数々の成功を納めて行きました。強力な軍隊が相手であっても、優れた戦略術で打ち負かすことができたのです。この軍人が身をもって示したのは、勝利の行方は軍隊の大きさや兵器の数ではなく、用いられる戦略にかかっているという事実でした。
戦略家としての彼のアプローチは、戦術とは騙しの術である、という考え方に基づいたものです。勝利を収めるためには、まず自分自身だけでなく相手のことも理解する必要があります。そしてそれを踏まえれば、最終的に敵の考えを知り、行動を予測して相手にダメージを与える機会を活用することができるのです。
孫武の兵法書の面白いところは、ある意味でそれが不利な立場の人々のために練り上げられている点でしょう。また、どんな戦闘であっても被害や犠牲を最小限に留めることを目的としています。先ほど指摘したように、彼にとって最も理想的なのは、必ずしも戦わずして衝突を解決することなのです。
 
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孫武の遺産

『孫子』は13篇から成る、金言に溢れた書物です。初めの頃は、権力のある男性のみが手に入れることのできる秘密の書とされていました。この最古版は1972年、発掘作業が行われていた際に発見されました。
竹の板に書かれたものもあるのですが、これはすでに世界的に広まっているバージョンとは異なります。しかし、多数の人々が孫武の考えを知っており、初めは中国で、そして次に日本で、指導者たちにも採用され始めました。1772年にはフランスイエズス会のジョゼフ=マリー・アミオによってフランス語に、そして1910年にがライオネル・ジャイルズによって英語に翻訳されています。
西洋世界にもたらされると、この作品は多くの読者たちの心を掴みました。歴史学者たちは、ナポレオンもこの本を引用していたし、べトナムがアメリカとの戦争に勝利できたのもこの本のおかげだろう、と考えています。
時を経て、この書物は軍人のみならず政治家やビジネスマンの間でも重視されるようになりました。孫武について知られていることは非常に少ないのですが、おそらく紀元前496年に亡くなったとされています。しかし、彼の人生に関してその他には何の情報もないのです。
 

Krause, D. G. (2006). El arte de la guerra para ejecutivos: el texto clásico de Sun Tzu adaptado al mundo de hoy. Edaf.