私たちは昔とは違う

2018年2月8日 in 好奇心 0 シェア済み
kyoudai

私は昔とは違う人です。私たちの人生が変化することを望んだので、私たちは昔と同じ人に戻ることはできません。昔の自分に戻れないということは私たちを変えてくれる経験し、そこから学ぶことができて幸運だったということです。

私たちの周りの人が変わったことに気が付くのは簡単です。したがって、彼らとの関係も変わります。しかし、私たちが昔と違うということを理解するのは難しく、しかも今の目で過去を見ることが難しいということも認識しています。

私たち自身が変わるとき

私たちは通常、記憶に残っている重要な出来事や、ずっと覚えていることを基にして自分を定義しています。これらの出来事には旅行、恋愛で悲しかったこと、もしくは住宅ローンの支払いに直面する不安などがあります。

例えば、私たちがしばらく別の国に行くことになったとしましょう。そこでは、人々の生活様式、自分と違う習慣、私たちの心を開く視点に適応する必要があります。また、別の例として、無条件で理解し合える友人を見つけたと思ったら実は違った、といった経験です。

それらの経験が良いか悪いかに関わらず、私たちの心がそれらで埋められるには十分でしょう。私たちは真の幸福や失敗を忘れることはありません。経験を経て残っているものは、今日の私たちです。私たちの本質はずっと変わっていませんが、私たちは同じ人ではないのです。

鍵穴型に開いた空間から外を見る女性

私たちの社会の輪が変わるとき

私たちが個人として変わらなければならないのならば、私たちと社会的に何らかの関係を持っている他の人たちもそうするでしょう。 私たちを取り巻く、家族、友人、パートナーなどの社会の輪が変わるとき、変化に適応するのはいいことです。

しかし、私たち自身の変化が人々との社会の輪を壊すことにつながることもあります。私たちは社会の輪を共有している人々を完全に知っていると思っていました。しかし、私たち皆は常に成長しているため、誰かを完全に知っているということは決してないのです。

「しかし、時間がすべて解決してくれます。時間は思いやりもなく、残酷に私たちの問題を解決してくれます。」

ロドルフォ・セラーノ

私たちと社会の輪を共有している誰か、例えば、恋人が去ると、私たちは深く傷つき、世界が崩れ落ちるように見えます。 それは時間と労力によってのみ解決できることです。そしてある日その人を再び見つけ出し、傷が治癒したことを確認することができるのです。

わたしたちはもはや同じではない

時間が私たちを動かします。それは私たちを越え、私たちを揺さぶり、私たちに教え、私たちに答えを見出すヒントをくれます。そして何よりも、私たちに変わらないという選択肢をくれません。いつでも、無駄に見える事でも、何か意味のあることなのです。私たちは絶えず意思決定をしており、それをする時、その決定とともに自分自身がその方向へ運ばれることを許容しているのです。

「すべての答えが分かったと思ったとき、突然すべての質問が変わった」

-マリオ・ ベネデッティ-

女性の体からあふれる蝶

一見そう見えなくても、路頭に迷うことは良いことです。現状に長居しすぎたようなとき、時々路頭に迷うことは悪いことではないのです。良いことも悪いことも私たちの先生のようなもので、それらは私たちを身体的にも心理的にも少しずつ変えてくれるのです。

重要なことは、自分自身を知ることを続けていく勇気と、自信をもって新たな経験への招待を受け入れることです。こうすることで、私たち自身が望んでいるものを手にし、私たちを満たす喜びの中心を見つけることができます。 言い換えれば、私たちが変化することで輝くことができると、他の人たちが輝くのを助けることができるのです。

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