「野生児」と社会でのふるまい

· 2019年1月21日

人類の歴史の重要な部分を担っている大きな議論のひとつは、子ども時代の社会の影響です。この議論における2人の著名な学者には、ジャン=ジャック・ルソーとトマス・ホッブズがいます。彼らの思想は人間の善悪を中心としており、この問題はいわゆる「野生児」と深く密接にかかわっています。

ジャン=ジャック・ルソー(1896)は、社会に腐敗されなければ本質的に人は良いものであると議論しています。ホッブス(1588/2010)は、「人間は他人にとってオオカミだ」という言葉を生み出しました。つまり、人は本質的に悪質で、社会の制御のメカニズムによって、悪に破壊されることを阻止できているとしています。

しかし、どうやってどちらが正しいとわかるでしょうか?道徳的、倫理的理由から、これを証明するために子どもを社会から隔離することなど不可能です。しかし、様々な環境によって社会から隔離されて育った子どももいます。こういったケースは、「野生児」として知られています。

「どんな人間も、うちに野生の野獣を抱えている。」
-フリードリヒ2世

野生児」は、子ども時代に社会の外で育った子どもたちです。野生に限定されていた子供も、野生に捨てられた子どもも含みます。あまりケースは多くはなく、その孤立の程度が疑問視されるものや、あまり信ぴょう性のないまま神話化したものもあります。しかし、記録され研究されたケースが20以上存在するのも事実です。

アヴェロンの野生児

最も有名な野生児は、アヴェロンの野生児です。アヴェロンの野生児、ヴィクター(Itard, 2012)は11歳の時に発見されました。1週間後逃げ出し、冬を越えたあと捨てられた家の中で再び捕まりました。病院にて、医師たちは少年のケースを研究し始めます。

ヴィクター

ヴィクターのケースに関する最もそれらしい説のひとつは、ヴィクターが自閉症スペクトラム障害を患っていたということです。おかしな行動が見られたため、家族がヴィクターを捨てたのです。ヴィクターに見られたたくさんの傷は、野生に住んでいるためできたものではなく、見つかる前に受けた肉体的な虐待によるものでした。

ヴィクターのケースを研究した医師たち(Itard, 1801)によれば、ヴィクターは不快なほど汚い子どもで、痙攣的な動きや衝動を見せていました。動物園の動物のように、絶え間なく体を揺らす様子も見られました。近づいて来る者は、噛まれたりひっかかれたりします。お世話をしてくれる人には何の愛情も示さず、すべてに無関心で何にも興味を抱きませんでした。見た目と社交性は改善しましたが、話し方や洗練されたふるまいを教えようとする試みは、結局成功しませんでした。 

マルコス・ロドリゲス・パントーハ

やぎ、犬、ガゼル、オオカミ、サルなどの動物と育った「野生児」のケースはいくつか存在しますが、多くはその信ぴょう性を証明するデータが不十分です。しかし、マルコスのケースは、かなり正当なケースに近いと言えます。マルコスは7歳の時に親から地主に売られ、そこからヤギ飼いに譲られ、彼の洞窟での死までヤギ飼いと暮らしていました。ヤギ飼いが死んだのち、マルコスは治安警察が彼を発見するまで11年間ひとりで過ごします。この11年間の中で、オオカミだけが仲間でした。

文化人類学者で著者のガブリエル・マニラ(1976)がこのケースを研究しています。彼が見捨てられた理由の裏には、かなりの貧困という社会経済学的文脈があります。素晴らしい自然の知と共にマルコスが学んだスキルは、彼の生き残りを可能にしました。マルコスは、一緒に住んでいた動物の音を真似ることを学び、コミュニケーションを取り、少しずつ人間の言語を失っていきました。

犬と男性

社会に戻ってきた際、人間の習慣に慣れては行きましたが、大人になってもやはり野生での動物のと生活を好みました。街の音や匂いに敵意を抱き、人間界での生活は動物との生活より悪いという考えを崩しませんでした。

ジーニー

ジーニーの両親(ライマー, 1999)は問題を抱えていました。 母親は網膜剥離によって目が見えず白内障を患っており、父親は鬱に苦しんていて、その症状はジーニーの祖母が交通事故で亡くなった際に悪化します。ジーニーは他の子どもに比べで話し始めるのが遅く、知的障害を持っているかもしれないという診断を受けました。この理由から、政府が自分の娘を連れ去ってしまうのではという恐怖に直面して、父親は外の世界の危険から娘を守ろうとします。

父親は、部屋にジーニーを閉じ込めます。音を出すこともできず、檻で夜を過ごします。食べ物は赤ちゃんの離乳食ばかりでした。13歳の時点で、彼女が理解できたのは、短くてネガティブな20個の単語だけでした。例えば、やめて、十分、やだなどです。ジーニーの部屋はしっかりと密閉され、5センチの小さな穴から外の世界を見ることができるだけです。家の他の住人は、ジーニーを見ることも話しかけることもゆるされてはいませんでした。

最終的に、ジーニーの母親はジーニーと兄を連れて逃げ、ジーニーは治療を受けることになります(Reynolds and Fletcher-Janzen, 2004)。治療の第一段階は、母親からジーニーを隔離することでした。この結果、退歩が見られます。見つけ出した時よりも悪化してしまったのです。そこから母親の元へ戻ったものの、ジーニーの様々な里親ホームでの経験のせいで、母親は彼女の面倒を見ることが困難であることに気づきます。

少女

ロチョム・プニン

ロチョム(El País, 2007)は、ジャングルで9歳の時に迷子になり、10年後に姿を現したカンボジアの少女です。親の農場から消えたのち、ロチョムのことなど知らなかった農家の人によって10年後に発見され、警察に引き渡されます。

社会に戻ってきた際、ロチョムは服に耐えられず、話し方がわからなかったので唸ることしかできませんでした。ひとりの時はお尻を使って歩き、逃げようとしました。たくさん傷があったため、囚われの身であったか、虐待を受けたのではないかと考える人もいます(The Guardian, 2007)。ロチョムが逃げ出して、10日後にトイレの中で発見されたこともありました。青白く、弱っていたそうです。

社会への投入

「野生児」が社会に戻ることは簡単ではありません。隔離の度合い、社会を離れた年齢などのいくつかの要因が、彼らの社会でのふるまいを理解するうえで決定的となります(Singh and Zingg, 1966)。人間とのすべての接触を欠く「野生児」はより大きな問題を抱えます。動物の中に生きていた者は、いくらか適応がしやすいようです。

代理的な学びは成長において重要な部分であり、 それを失ったものは見たことのないようなふるまいを行うことが困難になります。幼少期の刺激の欠落が、これらの子どもたちの経験を定義付けます(McCrone, 1994)。孤立によって体の動きも制限されたり、肉体的な変形を生み出したりすることもあります。空間記憶のような基本的なスキルも、孤立の環境では発達しない可能性があります。

「いつか家にたどり着いて、そこに息子がいないと気づくの。失ってしまうの。でも、問題は私だけのものでなく、あなたのものでもあるの。」

―映画「野生の少年」

その一方で、特に動物と暮らした「野生児」には、自然的知能(Gardner, 2010)の著しい発達が見られます。これは、種、物や人のグループの間の関係を認識し、これらの異なる点と類似点を見分ける能力です。動植物のグループや種を特定、識別、観察、分類する能力です。観察して、自然界を有効に利用します。

しかし、他人との交流や効果的な絆は、「野生児」が発達させることのない能力です。それに加えて、感情やその制御といった文化的な要素によって、これらの子どもたちは多くの社会を牛耳っている見えないルールというものに適応することを困難に感じます。

「野生児」のコミュニケーション

言語の発達も重要なポイントです。人間は、200以上の異なる音を作り出すことができます。社会は、子どもが最終的に話すようになる言語の音の習得に影響します。幼少のころから言語を受けない子どもは、上手に発音することが難しくなります。同じ事は文法にも言えます。

言語学者のノーム・チョムスキー(1957/1999)は、言語を自然に学ぶことができるのは限られた時期だけだと示唆しています。始めの3年が重要で、子どもが言語を学ばずにこの時を過ぎると、言語を習得するために必要な脳構造を発達させることが難しくなります。言葉を学ぶ際、言語をきちんと使えるようになるには、かなりの努力が必要になってしまいます。

犬

チョムスキーが言っているように、生まれた際の生来の脳構造があります。これらの進化的に形成された構造は、発話のような特定のふるまいを発達させるために元々プログラムされています。しかし、特定の時期までに発達を終えるようこれらの構造が必要な刺激を受けない場合、機能しなくなりその目的を達成しなくなります。さらに、この構造の発達が、脳の他の部分の発達と同時に起こることも重要です。

実際の「野生児」

ラドヤード・キップリング(1894)によって描かれたモーグリの像は、「野生児」の現実にはそぐいません。私たちが、ターザンを野生児の例として参照できないのと同じです。このような子どもたちが苦しんだ様々な欠落は、社会に戻ってきた際に革命を起こす源にはなりません。

「野生児」の将来の展望は、あまり明るくはありません。人間という種族にとって典型的な刺激や経験を欠くと、言語などの特定の能力を身につけるために、非常に難しい経験をすることになります。これは後から学んだり、回復することが困難な過程です。

「働く者、学生、様々なイデオロギーや宗教や論理思考を持つ者が一緒になって、ひとつの社会を作るために結託する。そこでは、人は他人にとってのオオカミではなく、パートナーや兄弟だ。」
-オーグスティン・トスコー-

これらの短所や能力の欠落の背景には、刺激やこれらが起こるべき発達の補強の欠落があります。重要な段階における欠落は、言語や空間記憶のような能力の発達を妨げます。これらすべてが、セラピストが治療でぶち当たる困難とあいまって、教育や社会復帰を困難にします。

「野生児」における最悪の影響は、寿命が短いということです。社会が彼らを受け入れる準備ができていないのか、あるいは彼らが社会への準備ができていないのもしれません。人類の善悪の議及び社会の中心的な特徴というものは、いまだ議論の余地がありそうです。

Singh, J. A. L. y Zingg, R. M. (1966). Wolf-children and feral man. Mishawaka: Shoe String Pr Inc.   Chomsky, N. (1957/1999). Estructuras sintácticas. Buenos Aires: Siglo XXI.   El País (2007). La última niña salvaje. Encontrado en: https://elpais.com/sociedad/2007/01/19/actualidad/1169161205_850215.html   Janer Manila, G. (1976). La problemática educativa de los niños selváticos: El caso de “Marcos”. Encontrado en: http://www.raco.cat/index.php/AnuarioPsicologia/article/viewFile/64461/88142   Gardner, H. (2010). La inteligencia reformulada: Las inteligencias múltiples en el siglo XXI. Barcelona: Paidós.   Hobbes, T. (1588/2010). Leviathan. Revised Edition, eds. A.P. Martinich and Brian Battiste. Peterborough, ON: Broadview Press.   Itard, J. M. G. (1801). De l’education d’un homme sauvage ou des premiers developpemens physiques et moraux du jeuneççç sauvage de l’Aveyron. París: Goujon.   Itard, J. M. G. (2012) El niño salvaje. Barcelona: Artefakte.   Kipling, R. (1894). The jungle book. Reino Unido: Macmillan Publishers.   McCrone, J. (1994). Wolf children and the bifold mind. En J. McCrone (Ed.), The myth of irrationality: The science of the mind from Plato to Star Trek. New York: Carroll & Graf Pub.   Reynolds, C. R., Fletcher-Janzen, E. (2004). Concise encyclopedia of special education: A reference for the education of the handicapped and other exceptional children and adults. Hoboken, NJ: John Wiley & Sons, pp. 428-429.   Rousseau, J.-J, (1896). Du contrat social (El contrato social). Paris: Félix Alcan.   Rymer, R. (1999). Genie: A scientific tragedy. UK: Harper Paperbacks.   The Guardian (2007). Wild child? Encontrado en: https://www.theguardian.com/world/2007/jan/23/jonathanwatts.features11