エリクソンの心理社会的発達段階

2019年7月11日
20世紀後半、エリック・エリクソンは発達理論の中でも最も有名で影響力の強いものの1つである、心理社会的発達理論を展開させました。

エリクソンの心理社会的発達段階は、健康な個人が人生を通して経験せねばならない一連の段階を特定するような包括的な精神分析理論に言及しています。それぞれのステージが、2つの要因が対立する心理的な岐路によって特徴付けられています。

エリック・エリクソンは、ジークムント・フロイト同様に、人格は一連の段階を経て発達していくものだと信じていました。彼ら二人の基本的な違いは、フロイトが自身の理論の土台を性心理的段階としたのに対し、エリクソンは心理社会的発達に焦点を当てたという点です。彼は成長と発達において他者との交流や社会的な人間関係が果たす役割に興味をもっていました。

“人間の葛藤は、その人物の本来の姿を反映する”

-エリック・エリクソン-

心理社会的発達段階

エリクソンが彼の理論の中で説明した8つの段階1つ1つが、それより前の段階を踏まえつつ、次の段階へ向けての道筋を示します。

エリクソン 心理社会的発達段階

エリクソンは、それぞれの段階において、人々は進化への刺激になるようなターニングポイントとして心理的な対立を経験するのだ、と提唱しました。こういった対立は特定の心理的素質を向上させる(あるいはさせない)ようになっています。各段階の間、個人的に成長できる可能性は高いのですが、失敗の可能性もまた高いのです。

従って、対立に上手く打ち勝つことができればその人は新たな心理的強みとともに次の段階へと進むことができ、残りの人生の糧とすることができるのです。しかしこういった対立を克服できなかった場合、その後に続く段階を乗り越えるためのスキルを得られないままということもあり得ます。

エリクソンはまた、達成感というのは行為や行動によって動機づけられるものだと仮定しました。よって、彼の理論では各段階が人生のある地点において能力を得ることについて触れています。その段階を上手く攻略できれば、その人物は優越感を得ることができます。しかし、上手くその段階を乗り越えられなかった場合、その人物は発達のその地点において不全感とともに取り残されてしまうのです。

段階 1:信頼 vs 不信(0-18ヶ月)

発達段階の最初に、子どもたちは他人を信頼すること、もしくは信用しないことについて学びます。信頼は愛着や人間関係の管理、そしてその子が他人に自分のニーズを満たしてくれるように期待する度合いと深い関わりがあります。赤ちゃんは完全に保護者、特に母親に依存しているので、信頼の発達は彼らの頼り甲斐と人間性が基になるのです。

もし親が子に対して信用を第一に重んじるような愛情関係を示すことができれば、その子も世界を知る前にこのような立場をとることができるでしょう。しかし親が安全な環境を提供せず、子どもの最低限のニーズも満たせない場合、その子はおそらく他人には何も期待しなくなってしまいます。不信感は欲求不満や疑惑、あるいは無感覚に繋がってしまいます。

段階 2:自律性 vs 恥/疑惑(18ヶ月-3歳)

2番目の段階では、子どもたちはある程度自らの身体をコントロールできるようになり、これが自立性を促すことになります。ある課題を一人で上手く達成できれば、その子は自立心を得ることができます。ですので、子どもたちに決断させ、裁量を与えてやることで、親や保護者は彼らの自立心を育てることができるのです。

この段階を上手く乗り越えられた子どもたちは大抵健全な自尊心を持っていますが、そうではない子どもたちは不安定さを感じてしまう傾向があります。エリクソンは自立性と恥、そして疑惑の間のバランスを取ることが意欲へと繋がるのだと確信していました。この意欲とは、子どもたちは適度な制約の中で意図を持って行動することができるという信条です。

段階 3:積極性 vs 罪悪感(3-5歳)

エリクソンの提唱した第三の段階では、子どもたちは遊びという、社会的交流の重要な骨組みとなるものを通じて力や世界に対する支配力を強化し始めます。個人的な積極性と、他者とともに何かに取り組もうという意欲が理想的なバランスになると、彼らは目的意識を発達させることができます。

この段階を上手く乗り越えられた子どもたちは自信を感じ、他人を導けるほど信頼されていると感じます。こういった素質を獲得できなかった子どもは罪悪感を感じたり疑惑を抱いたり積極性が低くなってしまったりする可能性が高いのです。

罪悪感は、子どもたちが何か悪いことをした時にそれを認められる能力として現れる時には良いのですが、過度なあるいは不適切な罪悪感は子どもたちから挑戦の機会を奪ってしまいます。なぜなら彼らは自分たちにはそれに立ち向かう能力が無いと感じてしまうからです。罪悪感によって恐怖心が増大してしまうことはよくあります。

エリクソン 心理社会的発達段階

段階 4:勤勉性 vs 劣等感(5-13歳)

この段階の子どもたちはより複雑な課題を行い始めます。さらに言うと、彼らの脳はかなり成熟し、抽象的な話題にもついていけるようになります。また、彼らは自分たちの能力だけでなく仲間たちの能力についても認識できるようになります。実は、中にはさらに挑戦的で労力を要するような課題に固執する子どももいます。それを達成して認められたいのです。

この段階期に適切なバランスを見つけることで、子どもたちは自らに与えられた課題をやりきる自分の能力について自信を持つことができます。また、実際にその課題が達成可能かどうかを正確に判断し始めることも重要です。

子どもたちが自分が願うほどのパフォーマンスを実現できなかった場合、劣等感が生まれてしまいます。この感情が適切に処理されず、気持ちを整理するにあたって誰からもサポートが得られなかった場合、この感情を二度と味わいたくないという恐れから、困難な課題はどんなものであれ拒否してしまうことになるかもしれません。従って、課題を評価する際には結果がどうであれその子の努力を讃えてやることが重要なのです。

段階 5:アイデンティティ vs 同一性の拡散(13-21歳)

5つ目の段階では、子どもたちは10代となっています。彼らは自らの性的なアイデンティティを見出し、将来どんな人物になりたいかという想像を膨らませ始めます。成長とともに、社会における自分たちの目的や役割を見つけようとするだけでなく、自分だけの独自のアイデンティティを固めていこうとします。

この段階でも、若者たちはどの活動が自分の年齢的にふさわしいかどうか、そしてどれが”子供っぽい”かどうかを見定めます。自分自身に対して期待しているものと他人から期待されているものとの妥協点を見つけなければならないでしょう。エリクソンに言わせると、この段階を上手く乗り越えることが大人になる上での土台となるそうです。

段階 6:親密性 vs 孤独(21-39歳)

この段階になると、ティーンエイジャーは大人になっています。自我と社会の中での役割との間の混沌は終わりを迎えます。この段階では普通、若い大人たちにとっての優先事項はまだ他人を喜ばせ、周囲に馴染むことです。しかし、これは彼らが自分自信の境界線を引き始める段階でもあります。それは、他の誰かを喜ばせるために犠牲にできるものとできないものとの境界線です。

ティーンエイジャーにも同じことが言えるのは事実ですが、意味合いが違ってきます。彼らは受け身でいることを辞め、イニシアチブをとって積極的になるのです。

人はアイデンティティを確立し終えると、他の人々と長期的な関わりを持てる準備が整います。親密で相互的な関係性を育めるようになり、その関係性を維持するのに必要な犠牲や努力を厭わなくなるのです。こういった親密な人間関係が築けない場合、誰からも必要とされていない孤独感を感じ始めてしまうでしょう。

この段階でパートナーを見つけられなかった人物は、孤立している、あるいは孤独であると感じてしまいます。孤独は不安感を生み出し、他人からどう思われるか、という恐怖による劣等感が生まれます。他人にとって自分は不十分な存在であると信じ込み、それが自己破壊的傾向に繋がってしまう恐れがあります。

段階 7:次世代育成能力 vs 自己吸収(40-65歳)

成人期には、人々は生活を組み立て続け、キャリアや家族に集中します。次世代育成能力は、自分の家族や友人の輪の外側にいる人々のケアをすることについての言葉です。人々が「中年」に突入すると、彼らの視野は自分自身や家族など、直接関わりのある環境から自らの属する社会やその遺産といったより広くより完全なイメージへと拡大します。

この段階では、人々は人生が自分自身のためだけのものではないことを認識します。自分たちの行動を通して、社会の遺産の一部になるべく貢献しようとします。この目標を達成すると、その人物は成功した、と感じるでしょう。一方で、何にも貢献できなかったと感じてしまった場合は、自分は意味のあることを何もしてこなかった、あるいはその準備ができていない、と感じてしまうでしょう。

次世代育成能力が成人にとって必ずしも必要なわけではありません。しかし、これが欠けていると達成感という大きな感情をその人物から奪ってしまいかねないのです。

エリクソン 心理社会的発達段階 次世代育成能力

段階 8:自己統合 vs 絶望(65歳以上)

心理社会的発達段階の最後の段階では、人々は統合か絶望かを選択することとなります。加齢とは補償の必要な負債の積み重ねかのように思われがちです。また一方で、残りの人生よりもすでに生きてきた年数の方が長いのだ、という感覚も存在します。

このような形で過去を振り返ると、絶望や郷愁を生み出す場合もありますし、あるいは逆に自分がしてきたことや達成してきたことは全て意義深いものだったという感覚になることもあり得ます。この2つの考え方のうちどちらになるかが、その人物が現在そして未来に何を期待しているかを示唆しているのです。

自分の人生に対して完全なビジョンを抱いている人々は自分自身の過去に関しては何の問題もありません。彼らは自分たちの存在を再確認し、単に自分自身のためだけでなく他者にとっても自分は重要なのだと認識するのです。

まとめ

心理社会的理論の強みの1つは、一生涯を通じた発達の仕方について知りたいときに使える幅広い枠組みを提供してくれるという点です。また、この理論は人間の社会性や人間関係が私たちの発達に及ぼす影響についても思い起こさせてくれます。

しかし、エリクソンの心理社会的発達段階は連続して起こらなければならないのか、そして前述の年齢の時にのみ起こるのか、という疑問が生じるかもしれません。人々が十代の間にのみ自身のアイデンティティを確立しようとするのか、あるいはある段階はそれまでの段階が完了しないうちは始まらないのか、どちらなのかという議論があります。

エリクソンの心理社会的発達段階の重大な欠点は、対立を解決するために必要な行動が正確には何なのかについて描写されていないという点でしょう。この意味では、この理論では次の段階に進むためにどのようなタイプの経験が必要なのかは詳しく説明されていません。

  • Erikson, Erik (2000). El ciclo vital completado. Barcelona: Ediciones Paidós Ibérica.
  • Erikson, Erik (1983). Infancia y sociedad. Buenos Aires: Horme-Paidós.
  • Erikson, Erik (1972). Sociedad y Adolescencia. Buenos Aires: Editorial Paidós.
  • Erikson, Erik (1968, 1974). Identidad, Juventud y Crisis. Buenos Aires: Editorial Paidós.