感情が動かない限りそれは何の意味もなさない

2019年9月9日
感情は決断を下す上でとても重要なものなのです。また、すべきと分かっていることができない理由の一つになり得るものです。

自分にはそれをこなす能力があるのにどういうわけかうまくできなかったということが、あなたには何回ありますか?マンネリから脱するために必要な後押しを見つけられないと、気詰まりな状況に留まり続ける羽目になってしまいます。だからこそ感情が動かない限りそれは何の意味もなさないのです。頭ではわかっていたとしてもです。感情的な義務を感じない限り、動き出すエネルギーが湧いてこないでしょう。

おそらくこれは職場だけでなく交際関係にも起こり得ることでしょう。例えば、恋人との関係が友情以外の何者でもなくなってしまったと頭ではわかっていても実感がない場合、別れざるを得ないような状況に追い込まれるまで何年も付き合いを続けてしまうかもしれません。

そしてなぜこんなことが私に起こっているのだ?と自らに問いかけることになるでしょう。感情は決断を下す上でとても重要なものなのです。また、すべきと分かっていることができない理由の一つになり得るものです。それは感情が協力的でないからです。恐怖や誤った信条や不安があなたを躊躇わせているのでしょう。

感情が動かないと、境界線を定めることができない

たとえ上司があなたには見合わないような労働条件を提示してきたとしても、たとえ恋人との関係がもはや機能しなくなっていると気づき、自分が関係を終わらせたがっていると分かっていたとしても、実際に感情が動かない限り意味がないのです。本当に願っていることへ前進することができないまま同じ状況に留まり続けてしまうことになるのです。

それはまるで何かに縛られているような感じです。まるで一生涯の間、”すでに文書化された”運命に行き先を決められているようです。しかし問題なのはこれが物事のあり様だと納得してしまうことです。実際には、ある一つの決断が物事を180度変えてしまう可能性もあるのです。

実際に感じない限りそれは何の意味もなさない

この様な例を出されると、かなり明白に見えますよね。なぜ私たちは酷い扱いをしてくる上司に耐えなければならないのでしょうか?なぜ愛のない関係にしがみついているのでしょうか?こういった疑問はもっと本質的な方向に向けるべきなのです。私は何を恐れているのか?何を避けようとしているのか?

たいていの場合、新しい仕事を探すといったことに挑む勇気を鈍らせる様な不安定さを人は抱えています。あるいはシングルになるのをひどく恐れているのかもしれません。恐れが、固執による安心感への依存を生み出してしまうのです。それが私たちをコンフォートゾーンに閉じ込めています。これにより私たちは頭では分かっていることを実際に感じられなくなり、状況を変えるための一歩を踏み出せなくなってしまうのです。

感情は私たちのエンジン

感情は、私たちを動かすためのエンジンです。考えることなく体が動いていたという経験を少なくとも一度はしたことがあるはずです。その時はそれから何をすべきかについて深く考える必要などなかったはずです。体が自然に動き、イニシアチブを取ってくれて最上の結果が出るかどうかを考えたりすることもなかったでしょう。危険を冒したということです。

しかし、私たちには思考の方を優先させてしまう傾向があります。感情の持つ私たちを動かす力を無視し、感情をなだめようとしてしまうのです。実は、ほとんどの場合私たちは感情を黙らせ、はじめの一歩を踏み出さないようにたくさんの労力を使っています。ありのままの自分を表さないために一生懸命になっているのです。

感情が動かない限りそれは何の意味もなさない

私たちは感情の管理法を学ばなくてはなりません。感情に耳を傾け、注意を向け、どう表出させるべきか学びましょう。理性と感情のバランスを保つカギは優れた意思決定です。これには身に染み付いた信条から生まれる特定の恐怖に立ち向かうことが含まれます。頭で考えていることは違うかもしれませんが、感情ははっきりと主張する傾向があるのです。

もし何かをしなければいけないと分かっていながらも感情が伴わないせいで実行できずにいるなら、それを変えていく努力を始めるべきです。長年培ってきた行動パターンを変えるのは簡単ではありません。しかし、少しの援助と意志力があれば素晴らしい結果を手にすることができるでしょう。

“自分が何者なのか頭では分かっていても実際に感じ取れてはいない”

-シルビア・コンゴスト-