思想家フリードリヒ・ニーチェが語る「力への意思」

2019年11月27日
この記事を通して、ニーチェの考えた「力への意志」という概念を読み深めてみましょう!

ニーチェはフロイトやカール・マルクスと並んで、19世紀における最も重要な哲学者の一人として挙げられます。彼らは一般的に「疑いの哲学者」と呼ばれており、合理性と真実のもとに隠された偽りを明らかにするような考えが特徴付けられています。ニーチェは「力への意思」(権力への意志ともいわれる)について特筆していますが、今回はその内容について詳しくみていきましょう。

ニーチェは、西洋の文化は生命という概念においてあらゆる面で合理性を確立しようとしすぎて、文化自体が損なわれてしまったと述べています。古代ギリシャで西洋文化が始まって以来、合理性は文化の退廃を示していたのです。人間という生物として、本能的な存在の価値に反対するものは全て退廃的だということです。

また、ニーチェの哲学を理解するには古代ギリシャの哲学者、プラトンに対する強い批判についても知っておかなければいけません。彼の哲学はこのような合理的世界、道徳的世界、そして宗教的世界を拒絶しているのです。ニーチェの基礎的な理論は命や人生という概念です。そして、彼の理解した「生命」を理解するためには、その合理的な世界に対する否定を忘れないようにしましょう。

ニーチェ

ニーチェと生命の概念

ニーチェは生命には2つの基本的な原則があり、それは保全と増殖(拡大)という原則とだと言います。

自身を保全するものは生命しかないと言いますが、もちろん、この保全能力は拡大という生命のニーズによるものです。もし保全するものにこの拡大が無ければ私達に待っているのは死でしょう。生命を保全してくれる全てのおかげで、増殖することが可能なのです。この原理が私達全てを構成するもので、これが「力への意志」として理解されているのです。

ニーチェによる「力への意志」

力への意志は生命の進化を指します。それは生命こそが力への意志と捉えることもできるでしょう。また同時に、命は私達が欲しいものを手に入れる力、支配する力でもあります。

力への意志は私たちが努力して手を伸ばした先にある命そのものなので、すでに持っているものを増殖、拡大しようとします。しかし、そういったものを求める前に、力への意志は自分自身を愛していなければ成り立ちません。そうでなければ、保全したり、拡大しようとしないでしょう。

例えば、あなたは車が欲しいとします。しかし、すぐに購入できるお金を持っていません。ここにある欲望を達成するには努力をして、十分なお金を貯めることです。もしこの目標を達成できなければその欲望は消えてしまうでしょう。

力への意志はそれ自体を求めている

力への意志がその意志自体を求めると、それは保全されているだけで維持することはできないと自動的に理解します。その代わり、力への意志自体を本当に守るために新しい境地へ向かい、拡大するようになります。

力への意志は生命の世界に向かうよう仕組まれており、その世界でしか自らが望んでいるものが手に入りません。これは自然の摂理でもあり、さらに拡大し続けるのです。ニーチェによると、現在持っているもので落ち着き、拡大をやめると私達は死んでしまうということです。

では、どこに真実が隠されているのでしょうか?ニーチェは真実は個人の力への意志の中にあり、真実と力は非常に近い関係性にあると述べています。

ニーチェ 力への意志

真実は

あるメディアが朝にニュースを報じたとしましょう。他のメディアも同じニュースをそれぞれのイデオロギーを持って報道します。すると、その事実を自分たちの考えに沿った「真実」として捉えるでしょう。

さらに、夜になると様々なメディアでこのニュースについて論争が始まるとします。しかし、そこには事実に対する解釈しか存在しないので、彼らの「真実」は衝突し合うでしょう。この瞬間こそ、真実は力が生み出す娘のような存在だと批判的な心が理解する時です。

しかし、力はそれ自体を維持するために拡大したいという意志の強い表現であることを考えると、最も強い真実を支持することは当たり前なことです。これを理解するためには全体主義政権を考えてみてください。

ニーチェが言いたいのは、拡大や増殖のない力への意志は価値のない生命だということでしょう。