ヴィクトール・フランクルのロゴセラピー:3つの原理

ヴィクトール・フランクルのロゴセラピー:3つの原理

最後の更新: 02 9月, 2019

ロゴセラピーは、 「ウィーン心理療法の第三世代」と呼ばれています。第一世代はジークムント・フロイト、第2世代はアドラー、第三世代はヴィクトール・フランクルです。本記事では、この第3世代に注目していきます。

フロイトは、人間というものは「快楽」に傾倒していると言っていました。アドラーは「力」に向かっているとしています。しかしフランクルは、「意義」というものに目を向けた先見の目がある人でした。

心理学の歴史家は、心理分析の研究が、ある意味心理分析の父であるフロイトの人生の研究であるという点で、意見が一致しています。ロゴセラピーの研究でも同じようなことが言えます。この研究は、フランクルの人生の理解へ近づいて行くことでもあるのです。その創始者であるフランクルの人生を知らずして、この治療法を理解することは出来ません。

他人が人生の意義を見つけるのを手伝うことで、私は自分の人生の意義を見つけた。

ヴィクトール・フランクル

ヴィクトール・フランクルは、1905年3月26日にウィーンに生まれましたアウシュビッツ含め、4つの強制収容所を生き延びます。若いころから、医学や自然科学の研究に興味を示していました。また、還元主義に対して、非常に批判的な立場をとっています。

彼は早い時期から天職への道を歩み始め、ホロコーストが開始される前から「意味」と言うものを追い求めるようになりました。そしてホロコーストの間、有名な著書である『夜と霧』を執筆します。

ヴィクトール・フランクルは、人を特別な存在にたらしめるのは、人の精神であるという信念を持っていました。多くの思想家がそうであったように、人生と人間の本質を「無意味」とすることは、 人生の最も適切な見方ではないと考えていたのです。

ひどい心理的・物理的緊張状態でも、精神的な自由、精神の自立の痕跡を維持することは出来ます。

ヴィクトール・フランクル

19歳の時、彼はすでに2つの原理的な考えを生み出していました。

  • 1つ目:人生が投げかけてくる、「人生の意味とは」という質問に人は答えなくてはならない。人は、自分たちの存在に責任があるからである。
  • 2つ目:究極の意味は人間の理解を超えていて、理解されることはない。人間はただ信じて、追い求めるのみ。

強制収容所でのフランクルの経験は、人間には意味を見つける能力がある、ということを気づかせました。人生に置ける様々な状況の意味、特に、最も理解しがたく痛みを伴うものであってもです。

夜と霧

彼の著書、『夜と霧』の中で、フランクルは各強制収容所(カウフェリング、テレージエンシュタット、アウシュビッツ、テュルクハイ)での自身の経験について触れています。この中で、囚われた人たちが耐え抜いた虐待を説明していますが、人間の精神の美しさにも触れています。端的に言えば、この本は、恐ろしい状況であっても、恐怖を乗り越えて意味を見つける方法について書かれています。

ヴィクトール・フランクルは、1997年9月2日に大きな遺産を残し、永眠します。 彼の人生と作品を通じて、どんな辛い状況からも救ってくれて、人生の先がわからなくても消えることがない意味を人間は誰しも作り出せる、と気づかされます。

人からは、一つ決して奪えないものがあります。人間の最後の自由、つまり、起こっている状況に対する自分自身の姿勢です。自分の道を選び取る能力です。

ロゴセラピー

お話ししたように、ロゴセラピーはウィーン心理療法の第三世代とも呼ばれています。40年代に世界的に広まりました。ロゴセラピーは、苦しみを生み出す人間の対立を乗り越えるための方法です。

難しく痛みを伴う状況で、意味を見出すことを可能にします。これは、成長のための機会となるのです。この方法によって、人生のどんなことにも意味を見出して、充実した人生を送ることを可能にします。

ロゴセラピーでは、ロゴは「意味」を表わします。人が常に追い求めるべきものです。つまり、ロゴセラピーは、「意味」を通じた療法を意味しています。

光


ロゴセラピーの基本的な3つの原理

ロゴセラピーの3つの原理の柱を見ていきましょう。

  • 意思の自由
  • 意思の意味
  • 人生の意味

意思の自由

 

意思の自由は、特に「自己離れ」と呼ばれる人間の能力を広げます。これは、自分自身を見て、受け入れて、制御して、実現する可能性です。フランクルの教えによれば、これによって、3つの影響の源から自由になることができます。

  • 本能
  • 伝統
  • 環境

これらすべてのことを、人間は処理します、しかし、これに決定づけられてはいけません。人間は、あらかじめ方向づけられることはありません。人は、これらの3つの要素から自由です。人が何かから解放されるとき、それには理由があります。ここに、責任という概念が存在します。人間は、自由だからこそ、責任を持つ自由があるのです。

この実存主義的な分析によれば、人間には意味と価値観の実現の責任があります。人は、自分の人生の意味を実現する必要性と、それに意味を与える価値観を持っています。その人自身だけが、自分のその必要性への責任を持っています。

意味への意思

人間を特徴づける、意思の意味と自己超越は、密接に関係しています。人は、常に自分を超えたところ、つまり自分で見つけて達成すべき意味へと向かっています。それの完全なる実現は、その人自身によって行われなくてはいけません。快楽への意思(フロイト)、力への意思(アドラー)は、人を内在へ導きました。しかし、これらの概念は自己超越とは逆を行っていて、人間の存在をくじきます。

ロゴセラピー的な視点から言えば、快楽と権力は一つの終わりに到達した結果ですが、それは終わり自体ではありません。それゆえに、快楽や権力を追い求める人は、いらだちを生きるのです。大きな実存主義の真空に引き込まれます。意味への意思は、権力や快楽を求めません。幸福すら求めません。幸せになるための、議論、意味を見つけることに注力します。

うずくまる人

人生の意味

お話しした2つの原理は、人生を前にして、完全な自由でもって、その意味に即して立場を明確にすることを厭わない人のことを扱っています。これは、意味を求めている人間の特徴です。人生には意味があります。その意味は、人によって異なります。意識を持った責任のある存在としての私たちの使命は、自分らしい意味を発見することです。

死は、人生に与えられた時間を満たす方法を知らない人にのみ恐怖を生み出します。

私たちはそれを、3つの価値観に関係する3つの基本的なルートを辿って行います。

  • 時に、それは創造的な価値観の実現へとたどり着く道です。
  • 別の場合は、経験を通して影響を与えます。例えば、日没を見ている時、人の手を握っている時です。
  • 別の場合は、人生の限界に直面(死や苦しみ)する時です。

いずれにせよ、人生にはいつも隠れた意味があります。これは、発見し実現しなくてはいけない、切実かつ継続的な必要性です。これこそ、ヴィクトール・フランクルのロゴセラピーの基本です。見てきたように、人間主義的な実存主義的な見方です。実存主義を理解していなければ、これは理解が難しいかもしれません。しかし、人間の人生の概念化に置いて役立つことを考えれば、それを理解するだけの努力を注ぎ込む価値があります。

参考文献

V. Frankl (2013). Man’s Search for Meaning. Herder.

V. Frankl (2003). Before the existential vacuum: towards a humanization of psychotherapy. Herder.

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