ヴァージニア・サティアの自尊心を高めるための5つの自由

2019年1月24日

自分を愛するという作業は、ほとんどの人にとって「未完了」の作業です。自分という存在を大切にし、自分の存在に感謝し、そして自分を大切に扱うことは日々の暮らしの中で二の次となってしまうべきではなく、日々、優先すべきこととして念頭に置いておくべきです。精神的に、そして社会的に自由を謳歌したいのであれば、自分自身を優先することが第一です。

自分自身の尊厳を守って初めて私達は自分のポテンシャルを存分に伸ばすことができ、また同時に他人と強く健全なつながりを築くことができるのです。他人と深くつながるには、自己認識が鍵となります。では、この鍵はどのようにして見つければ良いのでしょうか?自分自身を愛するには何から始めれば良いのでしょうか?

それには、ヴァージニア・サティアの言う5つの自由がヒントとなります。それは、個人の成長を通して自尊心を高めるプロセスのために作られた心強い励ましの結晶です。これらを深く掘り下げてみましょう。

あらゆる困難を何か新しい物を創造する機会だと捉えてください。何か創造しようと反応を起こすことから学びと成長が生まれるのです。

―ヴァージニア・サティア―

存在する自由

「こうあるべき」や「こうだった」あるいは「いずれこうなる」として存在するのではなく、「今、こうである」として存在し、その状況に耳を傾ける自由

ヴァージニア・サティアの言う自由の一つ目は、偽りのない存在であること、今現在に生きることの大切さと関連しています。これは、過去の深いところを彷徨ったり、未来という流れに飲まれたり、想像と投影で混乱した中を進もうとすることではありません。

草原にいる女性

私達は自分の思考が誘う道を多く辿ろうとしてしまいます。ある道は罪悪感に苛まされて時間を無駄にしてしまう道。そして、ある道はまさに自分が欲しい物を見せてくれる嘘の現実に囚われてしまう道。そうしたことを踏まえると、自分の注意を傾けるものや方向性というものは自分次第なのですが…。

ここでの鍵は、自分自身と深くつながることです。そうすれば、過去の残像は消え、そして未来や虚像が生み出す恐怖も消えるでしょう。そうして初めて、今現在に焦点をあてて、フィルターや仮面、邪魔などに侵されない自分らしい自分として進むことができるのです。

何を考え、何を感じるかを決める自由

どう考えるべき、どう感じるべきかではなく、自分で考え、感じることを決める自由

私達は、大抵、自分の言葉や考えが不十分だと思い、他人から賛同を得られないのではないか、あるいは単純に自分の言葉や考えが自分に害を成すのではないかと気に病んでしまったりします。その結果、自分が本当に思っていること、考えていること、感じていることの半分も表現できなかったりします。

私達はそうすることで自分を偽っています。そして、嘘偽りのない本物の関係ではなく、嘘の謙虚さを伴った不安定なつながりを築いてしまうのです。これは、二重に裏切る行為です。一つには、本当の自分を拒否することによって自信を裏切っています。そして、もう一つは、本当の自分という存在を隠すことによって他人を裏切っているのです。これらを踏まえた上で、何も言わないという選択肢を選ぶこともできるということを忘れないで下さい。結局は、個人の判断であり、誰かに課せられたものでもなければ、誰かの期待に応えなければいけないものでもありません。

自分の気持ちや考えを表現することは、相手を尊重し自分や他人の感情に責任を持ってするのであれば、何も悪いことではありません。事実、他人に自分のことを知ってもらって本当の自分を受け入れてもらったり、相手と嘘のない本当の絆を築きたいのであれば、そうすることが一番です。

感じる自由

「こう感じるべき」ではなく、今感じていることを感じる自由

これはヴァージニア・サティアの言う自由の中でも一番難しいものの一つです。なぜなら、自分の気持ちをピンポイントで分かるようになる方法なんて誰からも教わらないからです。まず初めに、自分が感じている感情はどれも正当なものであって、その感情を抑圧したり遮断したりする必要はないということを頭に置いておきましょう。逆に、こうした感情を知る事で自己理解を深めていくべきです。

自分には生きる自由があり、どんな感情も経験する自由があると分かったら、感情的な言葉を認識できるように訓練することが大切です。なぜなら、時として、悲しみは恐怖の影に隠れたり、怒りという形を通して表現されることがあるからです。一番大切なことは、自分の感じていることに耳を傾け、それに集中することです。そうやって自分の感情を一つずつ知って、後々、そうした感情をコントロールできるようになるためです。

私達一人一人の中に宿る感情の世界は、自分という存在を知ることができるだけでなく、相手を理解するのにも役立つガイドブックのようなものです。他者がどう感じているのか分からなければ、人間関係において相手のニーズに応えるのが難しくなったり、また相手に自分のニーズに応えてもらうのが難しくなったりします。

窓に映るハート

欲しい物を主張する自由

欲しいものの許可を待つ代わりに、相手に欲しいと主張する自由

チャンスが巡ってくるのを待ったり、人に何かをしてもらうのを待ったり、その場を不本意ながらに何とかやり過ごすなんていうのはいけません。私達には、欲しい物を選び、欲しいなら欲しいと言う自由があるのです。

自尊心が低い人というのは往々にして、自分の中に宿る不安定な自身のせいで、誰かに許可をもらわないと行動できなかったりします。それはまるで誰かに自分で決める権利を取り上げられてしまったがために自分で決断できていないかのようです。こうした人達はおそらく幼少期に自分で物事を決める権利はないと思い込まされてきたのでしょうが、今からでも目を覚まし、自分の声を大にして、自分という存在を示すには遅くありません。

自分という存在を知り、自分を表現する方法が分かれば、次の大きなステップは自分が欲しいものを表現することです。そうすれば、リスクを冒して自分の欲しい物を求めることができるのです。

リスクを冒す自由

冒険を避けて「安全」なものだけを選ぶのではなく、自らリスクを冒す自由

ヴァージニア・サティアの自由で最後に紹介するのは、リスクを冒すこと、自分の安心する領域から出ることです。安心する領域から出るというのは、不慣れでぎこちなく感じるけれど、時として救いとなったりします。

成長したければ、前へ進みたければ、その唯一の方法は行動し、そしてもちろん、その行動の結果の責任を取ることです。そうすることによって初めて、自分に起きている出来事を受け入れ、そこから学ぶことができるようになるのです。安定・安心という気持ちにしがみついていると、不確かなものに面と向かうことができず、もっと学ぶべきことを学ぶことができません。

お分かりのように、ヴァージニア・サティアの5つの自由は自己愛の賛歌です。どれだけ自分に価値があって、どれだけ他人と偽りなく真っ直ぐでいられるかを考えさせてくれる心の支えがいっぱい詰まっているのです。